苦恋症候群
だけど、ほんの少しだけ、考えてしまうことがある。

……欲情を駆り立てる、あのくちびるに。

私の身体をまさぐる、あの熱い手に。

あのまま流されてたら、私たちはどうなっていたんだろう。今とは何か、変わっていたのだろうか。

まあ、百戦錬磨っぽい彼のことだ。たぶんやるだけやって、あとは何事もなかったかのように平然と振る舞うんだろうけど。

そしてそれは、私だって同じ。いい歳の大人が、たった1度のあやまちに固執なんてすべきじゃないのだ。


でもきっと……もしあのまま身体を重ねてしまっていたら、こうやってのんびり同じ空間で、スイーツを食べるなんてこともなかったんだろう。

そう考えるとやっぱり、これで良かったんだとしみじみ思う。

なんだか、変な関係だとは自分でも思うけど。実は結構、彼とこうして過ごす時間は、嫌いじゃなかったりするから。



「森下さん、鼻にクリームついてます。お茶目アピールですか?」

「……ほんときみはいちいち機嫌をそこねる言い方をしてくるよね」



まあやっぱり、ちょっと腹は立つけどね。

彼に指摘されたクリームをポケットティッシュで拭いながら、私は何ともいえない心地になるのだった。
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