苦恋症候群
ああもう、面倒くさい人と会っちゃったな……。

心の中で早く去れ、早く去れと思うけど、目の前の人物はさらに言葉を続ける。



「そうだ。森下さんは、徒歩通勤だったよね?」

「あ、はい。そうですけど」

「よし。それじゃあ僕もどうせ駅まで歩くから、傘に入れていってあげるよ」

「え……」



う、うわあ……まったくこれっぽっちも願ってないお誘いきたー。

今日はわりと涼しいというのに、田口副部長ははげ上がったおでこをてかてかさせて、私の返事を待っている。

眼鏡の奥にある細い目がなんだかいやらしく光っているのは、気のせいだろうか。



「や、でも悪いですし」

「そんなことないよ。森下さんの家は、駅を少し越えたところだろ? 大丈夫大丈夫」



なんで知ってるんだこの人……。

なぜか自分の住所を知られていることにドン引きしながら、うまくこの誘いを断る方法を必死で考える。



「えっと、私とふたりで傘に入ったら、きっと副部長濡れちゃうと思うので」

「森下さん身体小さいから、平気だと思うけどー」



うるさいなあんたと相合傘するために小柄なわけじゃないんだよ…! ていうかいやらしい目でどこ見てんのよ!! セクハラで訴えるぞコノヤロー!!


あくまで表面は笑顔。だけど心の中では、目をつり上げた自分が田口副部長を糾弾している。

そうこうしているうち、「ほら、行こう」なんて言った副部長に腕を掴んだ。

瞬間、ぞわりと嫌悪感が身体中を駆けめぐって、私は硬直する。
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