苦恋症候群
「三木くん?」

「……仕方ない、ですね」



ため息混じりにつぶやいたかと思うと、次の瞬間、バッグを持っていない左手を掴まれた。

驚く間もなく、そのまま歩き出した彼につられて足を進める。



「み、みきくん」

「……埋もれられたら、困りますから」



前を向いたままぼそりと答える彼に、かあっと頬が熱くなった。


うわ、やばい。これは、照れる。

さっきは手首を掴まれただけだったから、そんなに意識はしなかったけど……今度はしっかりと、手を“つないで”いる。

やっぱり少しだけひんやりしてる、三木くんの手。

でも私の火照った体温と混じって、それもすぐに気にならなくなった。


まさか会社の後輩男子と、手をつなぐことになるなんて……なにこれ、もしかしてこれが、巷で言う浴衣マジックってやつ?

そんな間抜けなことを考えながら、けれど頭の片隅では葉月さんのことが思い浮かぶ。



『ああいうひとに、大事にされてみたいって……思ったのかも、しれません』



不可抗力とはいえ、今私は彼女の想い人である三木くんと一緒にいて、しかも手をつないでいる。

申し訳なくは思うけれど……かといってこの状況を変えるすべを、今の私は持っていない。



「……三木くんのおばか! 人でなし!」

「え、なんですかそのいきなりの暴言」



ばか、女たらし、無愛想無慈悲男。

さんざん、心の中では彼に対する罵倒の言葉を並べて。

私はやけに熱い頬を右手のひらで押さえながら、彼の後ろを歩いた。
< 162 / 355 >

この作品をシェア

pagetop