苦恋症候群
だけどそんなの、彼に頼むわけにはいかない。

私はわざとらしいくらいの明るい声で、あははと笑ってみせた。



「何言ってるんですかおふたりともー、私はひとりでも平気ですってば」

「いやしかしなあ」

「私、腕力と脚力には自信あるんです! 学生時代、陸上部でしたし!」

「え、そうなの?」

「はいー! 逃げ足、速いですよ!」



顔を見合わせる部長と課長に、「そんなわけで、森下は大丈夫です」と笑顔でさらに駄目押し。

すると斜め向かいにいる三木くんも、いつものポーカーフェイスながら少しだけ申し訳なさそうに口を開く。



「すみません。俺もこの後、反対方向に用事があって」

「……そうか」

「それじゃあ私、今度こそ失礼しますね。お疲れさまでしたー」



これ以上何か言われないうちに退散しようと、私はストールを首に巻きながら笑顔をみせた。

背後からかけられる複数の労いの声に一礼し、オフィスを出る。


……だいじょうぶ、悲しくない。

悲しい、なんて、思っちゃいけない。


胸にこみ上げてくる感情を必死で消しながら、私は足早に人気のない廊下を歩いた。
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