氷の卵
「着いた。ちょっと歩くけど、勘弁してね。」


そう言って啓が私を連れてきたのは、遊歩道と書かれた古い看板の前。
車を降りると、いつもの町とは違う、さわやかな空気が私たちを包んだ。


「行こう。」


啓が先に立って歩き出す。
緑の中に、その背中が埋もれてしまいそうで、私は慌てて追いかけた。


「ここって……?」

「僕の好きな場所なんだ。遠いから最近はなかなか来ないけど。」

「へえ。意外!」

「え?」

「啓ってスマートな感じだから、街中の方が好きなのかと思ってた。」

「そう?でもそうだったら、雛に花の名前を教わったりしないよ。」

「確かに。啓はっ、!」


言いかけて、木の根っこに躓いた。

そして気付いたときには、片手が啓の手の中にあって。

衝撃は受けずに済んだみたいだ。


「あ、ありがとう。」

「危なっかしいな、雛は。」


歩き出した啓は、私の手を離さない。
私は恥ずかしくて、うつむきながら啓の背中を追った。


「啓は……、」

「ん?」


振り向いた啓と目が合うと、途端に何も言えなくなる。


「ううん、何でもない。」

「そう?」


そこからしばらく、無言で歩いた。
でもその沈黙は、心地よい沈黙だった。

握られた手の感触とともに。
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