氷の卵
いつものようにエプロンをつけて、店のシャッターを開ける。
この瞬間に私の気持ちは引き締まる。
フラワーショップ若月の開店だ。

そして、注文した花を積んだトラックがつくまでは、売れ残った花の整理をする。

萎れてしまった花、葉が枯れている花、それらはまとめて処分する。
でもバラの花などは、とっておいてドライフラワーにすることもある。

それがラッピングに役立ったりと、商品になることもあるのだ。

すべてみどりさんが教えてくれた。


毎日毎日、この繰り返し。
でも、変わらぬ日常の中にいろんな出来事がある。


人が花束を買うのは、何かの節目であることが多い。

それは別れだったり、出会いだったり、喜びだったり、悲しみだったり、様々だ。
様々な人間の感情を、花を売ることで感じる。

とても近くで感じる。


人が生きていくということ。
人が人を愛するということ。
出会いには必ず、別れがあること。


そんな、今を生きているという息吹を感じられる。


でも、そんな流れの中で、私はいつも変わらずにいたい。


悲しみに触れれば心は翳るし、喜びに触れれば沸き立つ。
その感情に任せて、花束をつくる。


でも、その感情が私自身のものではなくて、お客さんのものであることを忘れてはいけない。
これはみどりさんに教わったことだ。
言われた時はよく意味が分からなかった。
でも今なら分かる。


どうすれば、お客さんの希望通りの花束が出来上がるか。

その答えはそこにあるんだ。


そして、いつも笑顔でいること。
ささやかな毎日を大事に生きること。


これが、今の私にできる精一杯のお仕事だから。


いつものようにトラックが来た。

注文通りの花が、次から次へと下されていく。


忙しくなるぞ、と私はエプロンのリボンをきゅっと締めなおした。
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