氷の卵
「おはよう、雛ちゃん。」

「おはようございます!……あれ?佐藤さん今日はお出かけですか?」

「そうなの。今日は同窓会があって。」

「へえ!同窓会ですか。いいですね!初恋の人に会っちゃったりして。」

「はは、もう雛ちゃんったら!……そう、ひそかに期待してたりして。なんちゃって!」

「楽しんできてください!」


近所の佐藤さんは50代の主婦。いつもここを通るたびに、私に声をかけてくれる。
私はそんな地域の温もりが大好きだ。


「あ、そうだ!佐藤さん、ちょっとだけお時間ありますか?」

「ええ。まだ随分早いから。」

「じゃあ、少し待っていてくださいね!」


そう言って私は店の中に戻って、今朝入荷されたてのバラの花を、茎を少し残して切り取った。


「これ、髪留めにしたらいかがですか?」

「え!なんてきれいなんでしょう!」


私は佐藤さんの、後ろで一つに結わえた髪に、そっと生花をつけた。

つやつやした漆黒の髪に、赤いバラが良く映える。


「すっごくお似合いですよ!」

「ありがとう。でも、いいの?」

「佐藤さんですから。このくらいサービスさせてください!」

「ほんとにありがとね!雛ちゃん、頑張って!」

「はい!」


佐藤さんの笑う顔を見ていると、幸せな気持ちになる。
だからいつも、私にできることをしてあげたくなるんだ。

佐藤さんは、今までの人生の節目節目に、フラワーショップ若月で花束を買ってくれている人の一人だ。
だから、彼女がどのような人生を送ってきたかは、大体知っている。

彼女の笑顔が、簡単なものではないことを知っている。

だから、私にはその笑顔がとても貴重に思えるんだ。


それに、きっと佐藤さんも、私が笑顔になれなかったときのことを知っている。


だからお互いに、お互いの笑顔を大事にしたいと思えるのかもしれない。
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