氷の卵
その日の午後、店の外に気配を感じて私は立ち上がった。

そして、ふと足を止める。
誰かが、張り紙を一心に読んでいるのだ。


張り紙に隠れて顔は見えないが、細身ですらっと背の高い男性であることは分かった。
私は少し緊張して、店の奥のレジのそばで待機する。


久しぶりだった。
まさかこんな季節に、それも若者ではなく大人がやってくるなんて思わなかった。
初対面の人は、どんな人なのか分かるまで付き合うのが苦手だ。
それも相手が年上だったりすると、うまく話せない。
気さくな人だったらいいな、と私はその人を待った。


「あの、すみません……。」


ガラッとガラスの扉が開いて、男性が入ってきた。


「外の、張り紙を見て来たんですが。」



ガ タ ン 、 と 音 を 立 て て 、 私 の 椅 子 が 倒 れ た 。


そ の 人 は 、 私 の よ く 知 っ て い る 人 だ っ た 。



「はい……」


掠れた声で答える。


「あの、面接……あ!履歴書とか必要でしたか?すみません、出直して、」


そして私は気付いたのだ。ここで私がなんて言うべきなのか。


「いいのよ、そんなの。採用!」

「え……、」

「いいから!ほら、じゃあこのお花の整理手伝って!」


そう、あの日のみどりさんみたいに。


私は、みどりさんになる。



啓の、みどりさんに。
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