氷の卵
第4章 クレマチス

みどりさん

秋が深まるにつれて、朝の準備が大変になる。
お花屋さんは常に、冷たい水に触れていなくてはならない。
だから、手はササクレやあかぎれだらけになってしまう。


「ふう……。」


気付いたら吐息も白くなっていた。


バケツの中のひんやりと冷えた水の中に手を入れて、花の水切りをする。
水に手を入れた瞬間、きゅっと頭の芯まで締まるような感覚が体中を駆け巡る。

それは何か、切なさに似ていた。


頬を伝い落ちたのが涙だと、自分でも気づかなかった。

しばらくして、夢から醒めたようにはっとする。



雛―――



私の名前を呼んだ、啓の声が蘇る。


思えば、啓がいなくなってから、一度も泣いたことなんてなかった。
いつも、記憶からあの人を追い出すようにして。
でも、でも……。


私、あの人のこと、ほんとに好きだったんだ……。


早朝に、フラワーショップの片隅にうずくまって、私はひとしきり泣いた。

まるで、氷の卵みたいに。


私は雛になれない。

卵は凍りついて、いつまで経っても孵らない。

いつまで経っても、ひとりぼっちなんだ――
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