氷の卵

大好きな人

その日は朝からよく晴れていた。

久しぶりに晴れ晴れした気分で目覚めて、私はエプロンをかけて店の外に出た。
夜の間店の中に入れておいた鉢植えの花を、外に並べていく。


「手伝いますよ。」


気付くと啓も起きだして、隣で鉢植えを並べていた。


「ありがとう。」


言いながら、あの日を思い出していた。


トラックから花を降ろすのを手伝ってくれた啓に言った、「ありがとう。」そして、「啓が好き。」。
「僕も雛が好き。」って言ってくれたこと。


全部、忘れてしまったのだ、啓は。


「みどりさん。」

「はい?」

「この花、この花なんて名前でしたっけ……。」

「どれ?」

「これ。思い出すから待っていてください。」


そう言って、啓が指差した花、それは……私が前に、啓に「一番好きな花」だと言った花だった。

啓はしばらくの間、考え込んでいた。



答えを明かそうかと思った頃、啓ははっと目を見開いた。


そして、霧が晴れたように晴れやかな表情で言ったのだ。




「クレマチス。」





うなずくと、何故だか啓は泣きそうな顔で笑った。





「クレマチス。一番好きな花。」




「え?」




「雛の、一番好きな花。」





あっけにとられて、何が起こったか分からないほど驚いて。

気付いたら涙があとからあとからこぼれて、止まらなかった。

それを見た啓はやっと、啓の顔で笑う。


戻ってきたんだ。
啓が。
大好きだった啓が!


私は、持っていた花を放り出した。

真っ白な花びらが空中を舞う。




「啓!」




私はやっと、やっと。



大好きな人の名前を叫んで、その胸に飛び込んだ―――
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