桜の木の下で-約束編ー



「珠鬼、ちょっと」



珠鬼の耳を掴んで、
その場を離れて後ろを向いて、
小声で話す。


「だから珠鬼。

 私は咲であって、咲鬼じゃないって
 言わなかった?

 アンタが咲鬼サマ、姫サマって
 大事(おおごと)にしてくれるから、
 こんなことになるんでしょう。

 ったく、いい加減にしなさいよ」


言い切った私に対して、
珠鬼はサラリと言い返す。



「和鬼を知る貴女さま。

 咲鬼さまの生まれ変わりという事を
 差し引きましても、
 野宿をさせるわけには参りません。

 咲さまは、私自身の恩人でも
 あらせられるのです。

 こればかりは、姫様に何を申されましても
 譲れません。

 和鬼も姫様に野宿をさせるなどありませんから」



キッパリと言い返されてしまった私。



しかも『和鬼だとさせない』。


そうまで言われてしまったら、
私もどうすることも出来ず、今日も珠鬼の手の内で
踊らされる羽目になる。




「探し人を訪ねて旅を続ける
 私と共の珠鬼に、
 一夜の宿をおかしくださるとのこと
 有難うございます。

 お気遣いは、ご無用に。

 一夜、雨風がしのげる場所を頂けるだけで
 どうぞ、お心だけで十分です」



昨日と同じようなことを
民の前で紡ぐ私。



こんな時に、お祖父ちゃんとずっと見続けてた
時代劇が役に立つなんて。



その日、私が通された部屋は
その村にある、最高クラスの部屋。


供の珠鬼は、その部屋の手前に支度された
もう一つの部屋に通された。




『姫様のお着替えです』



そうやって部屋に運び込まれたのは、
天女が着てそうな衣。


それに着替えを済ませると、
今度は、歓迎の宴への招待。



解放されたのは、
月が美しく天高くのぼる刻。




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