桜の木の下で-約束編ー




戸惑いの中、慌てて桜の木から離れる。



神木に再度、両手を合わせて祈ると
鞄を掴んで、いつもの山道を下山する。




いつもは軽い足取りで降りることが出来る、
その道程も今日は特に険しく感じられて。




山を下山し終えたのは、
八時十分を告げようとしていた。





軽く制服の埃を叩いて【はたいて】、
そのまま校舎へと向かった
私は校門の前でシスターに止められる。





「ごきげんよう。
 
 譲原咲さん、
 制服のリボンが曲がっていますよ」




あっ……。

言われるままに
立ち止まって胸元を見つめる。



「ごきげんよう、シスターまりあ」

「ごきげんよう、射辺一花さん」

「ごきげんよう、咲さま。
 シスター・まりあ。

 後輩の咲さまの指導は、私が……」



そう言って一花先輩は一礼すると、
私の手を引いて、シスターの前から救出してくれる。

そんな私たち二人の後ろを、
司もまた難なくクリアしてついて歩く。


「ごきげんよう、咲。

 リボンが歪んでいるなんてどうしたこと?
 あらっ、今日は顔色が悪くてよ。

 司、そう思わない?」



ゆっくりと手を伸ばして直しかけた私の手を退ける【のける】ように、
横から滑り込んできた手は器用にリボンを結び直して行く。

そうやって私をお世話するのは、一花先輩。



「咲、体調が悪いなら保健室へ行く?」


司がいつもの砕けた口調で話しかける。



「あっ、多分大丈夫。

 朝から頭が痺れて重いって言うか、
 夢見が悪かったような気もするし。

 何もなかったような気もするし、
 よくわかんないんだ。

 でも熱は、お祖父ちゃんがないって言ってたから」


私がそう言った言葉と、
司の指が額に触れたのが同じタイミング。


「そうだねー。
 うーん触った感じ、35度前半くらいかなー」

「でも司、私元々から平熱低いから。

 それより昨日、風呂上がりに見たよ。
 二十二時からの音楽番組に、YUKI出てたね。
 
 あぁ、あの人が学校に居たんだって思いながら
 髪乾かしながらTV見てて、歌が始まったら興奮」


幻想的な桜が舞い踊る中、
YUKIが奏でる琴の音色が、
歌い上げる言の葉が心に触れて。

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