隣人
「で?」
「で?と言いますと?」
「だから、用事はなんだよ」
「用事はそれだけですが…」
「はぁ?なんだそれ。信じらんねぇ」
叫んだ後に眉間を手で押さえながら九条奏多はうなだれた。いやいや、信じられないのはこっちも同じだ。
あの日の私はまともな精神状態じゃなかったから隣人の素性を聞く余裕も無かったし、誘われるままに体の関係を持ってしまったことは大いに反省するしかない。
「俺は疲れてんだわ。帰る」
「あ、待って」
引き止める私をアイドルらしからぬ鋭い目つきで睨んできた。
一瞬ひるんでしまったが、ここでちゃんと言っておかなくてはならない事がまだあった。
「先日の無礼は謝ります。そして今後一切あなたの私生活には立ち入らないですし絶対に他言はしません。しばらくしたらここも引き払う予定なので顔も合わせずに済む事になると思います」
「……」
「あの…聞いてましたか?」
「聞こえてる。まーそりゃ良かった。じゃな」