隣人
エレベーターが8階で止まった。私の部屋がある階だ。気落ちしたままエレベーターを降りる。
太一の残り香がある部屋に戻りたくはないが、帰る場所など他にない。仕方なくドアノブを引いた時、後方に気配を感じた。
ハッと振り返ればそこに居たのはさっきの男。
「な、なによ。あんたこそストーカー!?」
「お前馬鹿だろ。俺の部屋はそっち。お前の隣り」
「へ?え、そうなの?」
頭が混乱しているうちに男は鍵を取り出している。あ、本当に隣りなんだ。
このご時世、隣りにどんな人間が住んでいるかなんて興味を持ったことも無かった。私は太一しか見えてなかったし。
軽くため息をつき部屋のドアを開けたその時、隣人から声をかけられた。
「おい。慰めてやろうか?」
ニヤリと笑い帽子を上げた男はとても綺麗な顔をしていた。でもこの男、いま何て言った?慰めるですって?
馬鹿にされたと理解したと同時に込み上げる怒りと恥じらい。しかしその怒りや恥じらいを殴り捨て、私は隣人の誘いに乗った。
だって…自分の部屋に戻る程、惨めな事はなかったから。
それがあの夜の全貌だ。