KINGDOM―ハートのクイーンの憂鬱―



「俺は獅堂春斗。仕事は……ちょっとした会社でちょっとした役職についてる」


普通、『ちょっとした』程度では、こんな高級外車やあんなブランド服は買えませんって。

彼の着ている服や、自分の乗っている車を思い浮かべて、苦笑いが零れる。



これは、単純に謙遜してるのか、それとも、あんな修羅場を目撃した私に、自分の素姓がバレて体面を傷つけられるような事がないように、警戒してるのか。

やんわりと濁されたその説明からは、彼の仕事は『役職に付いてる人』という所しかわからない。


でも、私自身もあまり彼とは深く関わる気がない以上、突っ込んで訊く事はしないでおこう。



というか、下手に聞いて、意外と簡単に答えられたら、完璧なる庶民の私はビビってしまうような家柄でしたぁなんて事がありそうで怖い。



触らぬ神に祟りなし。


人間、時として知らない方がいい事もある。

知る事が必要がある事は、必要になった時に訊けばいい。


今は、一刻も早く、彼との縁を切るべき時だからこそ、訊かない方が得策だ。




……多分。
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