KINGDOM―ハートのクイーンの憂鬱―



「テナントビルだよ。一部は企業が事務所として使ってるらしい」


そういって、春斗さんは私の腕を掴んで、慣れた足取りでツカツカと歩いていく。

身長が高い彼は足も長いから、1歩の幅も広くて、私は引きずられるように、小走りで付いていくはめになった。

春人さんがビルの奥まった所に、まるで隠されているかのようにある、エレベーターの前で立ち止まる。


「うわっ」

彼の後ろを引きずられるがままに、付いていっていた私は、彼の急な停止に付いていけず、彼の背中に軽くぶつかってしまう。

慌てて近付き過ぎてしまった距離を離し、顔をあげると、クスッと笑う彼と目があった。



「す、すみません」

わざとではないとはいえ、自分からくっつくような形になってしまった事が気まずくて、僅かに視線を泳がせる。


コンコン……。

彼の小さな笑い声と共に、こっちに注目するようにとでも言うような何かを叩く小さな音が聞こえた。

それに導かれるように視線を春斗さんに戻すと、彼はエレベーターの扉のすぐ脇にある、小さなプレートを、軽く握った拳で指し示していた。



「そして、これから俺達が行くのがここだよ」

「……クラブ KINGDOM?」

黒い鉄製のプレートに、銀の文字で書かれたそれは、ひっそりとしていて自己主張の欠片すら感じられない。



でも、クラブって書いてあるってことは……


「ホ、ホ、ホストクラブ!?」

頭に浮かんだ光景は、テレビでたまに見かける、きらびやかな夜の世界。

お酒と男女の笑い声、そして甘やかな囁きが入り乱れる空間。

場合によっては大金が飛び交うこともあるというその場を想像して、私は一歩後退してしまった。



……これは、私、カモられるパターンですか?
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