負け犬も歩けば愛をつかむ。
「あっ──!」



力が抜けていたであろう彼の手からスマホがするりと滑り落ちそうになり、声を上げた私は咄嗟に手を伸ばす。

……が、惜しくも間に合わず、スマホは助手席の下にゴトンと音を立てて落ちてしまった。



「あ~~ごめんなさい! 落としちゃっ……」



そう言いながら椎名さんの方を振り向いた瞬間、間近に彼の顔が目に入って息を呑んだ。

そして気付く。

彼の肩に左手を置き、座席の下の方へ右手を伸ばした私の今の体勢は、彼とかなり密着しているということに。


目を開けた椎名さんが私を認め、視線が絡み合う。

一瞬のはずなのに、それは解けるどころか固く結び付いてしまい、私はそのまま動けなくなった。

──けれど、次の瞬間。



「きゃ……!?」



何が起こったのかわからなかった。

助手席に身を乗り出していたはずの私は、運転席に舞い戻っていて。

逆にこちらに身を乗り出す椎名さんによって、私の身体はシートに押さえ付けられていた。



「椎、名さん……?」



見開いた私の目に映るのは、獲物を見付けた獣のように私を見つめる鋭い瞳。

それでいて、こちらの身体まで火照るような熱を含んだ眼差しを向ける彼は、まったく知らない男の人のよう。

身動き出来ない私の頬に骨張った手が触れ、そっと親指で唇をなぞりながら掠れた声が響く。



「……奪ってもいいか?」

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