負け犬も歩けば愛をつかむ。
「あ、ここサインか判子押しといてくれる?」



複雑な気持ちになっていると、椎名さんが書類を指差して顔を上げた。

隣から覗き込むと、責任者のサインを書く欄が空欄のままになっている箇所が。



「あれ、昨日確認したはずなのに!」

「お願いね」



椎名さんからファイルを受け取ると同時に、彼のバッグの中でスマホが震える音がし始める。

それを確認した彼は、「ちょっとごめん」と言って部屋を出ていった。


特に気にせず、デスクの中にしまってある仕事用のシャチハタを取り出していると、静かな休憩室に電話中の彼の声が微かに聞こえてくる。

気になってつい耳を澄ませてしまうけど、これは別に盗み聞きなんかじゃないわよね、うん。



「……ん。そうか、わかった。はいはい」



柔らかな声色で小さな笑い声が混じるのを聞いていると、相手は気楽に話せる人のようだ。



「悪い、今仕事中だからこれで……え、小雪?」



──“コユキ”?

彼が発した女性の名前に、判を押そうとした手が固まった。



「……あぁ。俺は会いたいと思ってるけど、なかなかうまくいかないんだ」



苦笑混じりに言う彼の声に、胸がざわつき始める。

椎名さんが会いたい“小雪さん”って、まさか……



「完全な俺の片想いだよ」



好きな人、なの──?


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