負け犬も歩けば愛をつかむ。
心臓が、さっきまで感じていた心地の良いドキドキとは違う、不快な音を奏で始める。

片想いって言ったら、お姉さんや妹さんのことではないとわかる。確実に好きな人のことでしょう?

椎名さんにそんな相手がいたなんて……


その後の会話はあまり耳に入ってこなかったけれど、すぐに終わった気がする。

彼が部屋に戻ってきた時、私はまだ判子を押すことすら出来ずに固まっていた。



「どうかした?」

「……あ、ごめんなさい! ちょっと他にも見落としがないか確認してて」



動揺していたせいで、ポンッとついた判子は逆さまになってしまった。

久々に恋に落ちたのに、それが一方通行だなんて……アラサーにとっては結構ダメージ大きいよ。

再び書類のチェックを始める椎名さんの隣で、あからさまに肩を落としてため息をつく。


その時、厨房から誰かがバタバタと走ってくる足音がしたかと思うと、ドンドンと休憩室のドアが叩かれた。



「千鶴ちゃん! 大変よ、ちょっと来て!」

「園枝さん?」



なんだか切羽詰まったような様子に、ただ事じゃない何かが起きたのだとすぐに察知し、急いで休憩室を出る。



「どうしたんですか!?」

「水野くんとメルベイユの子が言い合いになっちゃってるのよ!」



……はいぃ!?



「何でそんなことに!?」

「とりあえず早く来て!」

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