負け犬も歩けば愛をつかむ。
ぐっと握りしめた拳を震わせる水野くんを取り押さえながら、どう収拾つけたらいいのかと頭をフル回転させている時だった。



「大変申し訳ありません」



初めての事態で、すっかりその存在が頭から抜け落ちていた彼の、とても落ち着いた声が背後から聞こえた。

一瞬周りが静かになり、ピタリと静止した水野くんとともに後ろを振り返る。

頭を下げていた椎名さんは、顔を上げるとその凛とした表情で言った。



「このメニューは私達本社の人間が考案しています。彼らはそれに忠実に従って作っておりますので、責任はこちらにあります。不愉快な思いをさせて申し訳ありません」



椎名さんがもう一度頭を下げると、さっきまでの勢いを無くした菅原さんが「い、いえ……」と小さく呟く。

そして、大きな猫目を細めて水野くんを睨みつける。



「あたしは、そこの野蛮人が突っ掛かってきたからちょっとイラッとしちゃって」

「なぁにぃ~!?」



再びヒートアップしそうな水野くんの頭をぺしっと軽く叩くと、「とりあえず黙っときなさい」と囁く私。

椎名さんもさりげなく水野くんの肩をぽんと叩いて宥め、再び菅原さんに向き直る。



「不快な言動をしてしまったことをお許しください。
ただ、真心込めて作ったものが受け入れられないというのは、プライドを持った調理人にはかなりのショックだと思います。彼の気持ちも、どうか察してあげていただきたいのです」

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