負け犬も歩けば愛をつかむ。
水野くんのことも気遣ってくれる椎名さんの優しさに、私はなんだか胸が熱くなる。



「今ある食材も時間も限られていますので、作り直すことは難しいかと。他の社員さんのご迷惑にもなりますし、申し訳ありませんがご了承ください」



毅然とした態度で、でも失礼のないように諭す椎名さんを心から尊敬した。

彼と一緒に、私も水野くんの頭を押さえて三人でもう一度頭を下げる。

菅原さんも少し反省したのか、「あたしも言い過ぎたわ」と言って、なんとかそれ以上の騒ぎにはならずにその場は収まった。


徐々にいつもの和やかさを取り戻していく食堂から厨房へ戻り、ひとまず胸を撫で下ろした私は水野くんの背中をバシンと叩く。



「もうっ、どうなることかと思ったわよ!」

「イテッ……ごめん。でもあんなこと言われたら黙ってらんねーだろ!?」

「そうだけど、私もムカッとしたけど! そこで堪えるのが大人なのよ! 椎名さんがいなきゃどうなってたか……」



厨房では少し浮いてしまうスーツ姿の彼に視線を向けると、怒っているわけでもなく、いたって穏和ないつもの椎名さんがいてホッとする。



「本当にすみません。ありがとうございました」

「ん、大丈夫。俺もいろんな修羅場に出会ってきてるし、対処法は心得てるつもりだから」



「でも」と言って、水野くんに顔を向ける椎名さんは、少し表情を堅くして注意する。

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