負け犬も歩けば愛をつかむ。
「へぇ……良く出来たお人柄だ」



ぽつりと、かろうじて聞き取れるくらいの独り言が私の耳に届き、その声の主は落としていた目線をゆっくり上げる。

その美麗な顔に穏やかな笑みは欠片もなく、氷のように凍てついた瞳で椎名さんを捉えた。


なに……今の目。

あまりの鋭さに、背筋がぞくりとするほど。

けれどそれは一瞬で、すぐにふっといつもの紳士的な笑顔に戻っていた。



「すみません、嫌味なことを言ってしまいましたね。冗談が過ぎたようだ」



とても冗談には思えなかったけど……?

あからさまな嘘を平然と笑顔で言ってのける専務は、一体何を考えているのかわからない。


──『天羽専務は表向きはすごく紳士だけど、腹の中じゃどう思ってるかわからないから、気をつけた方がいいわよ』


前チーフが言っていたのは、こういう一面のことだったの?



「水野くんと、あなた方の今後に期待していますよ」



にこり、笑った綺麗な顔には感情がこもっておらず、まるでマネキンのよう。

初めて“この人が怖い”と感じた。


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