雪恋ふ花 -Snow Drop-
「デザートも食べられるなら、手作りケーキもあるけど?」
「チョコレート・フォンデュが食べたい」
春人は慌ててメニューを手に取る。
この店にそんなメニューあったか?
珠が机に立てかけられた、限定メニューを指さした。
そこには、「バレンタイン特別メニュー」の文字が躍っていた。
「今日は、14日か」
春人の会社はスタッフが5人しかいない小さな職場で、バレンタインに義理チョコを配る風習はなかった。
そう言えば、今日は昼休みに麗子がチョコレートケーキを買ってきていたな。
今さら、その意味を理解した。
それと同時に、若い女の子にとっては、きっと大切であったろう記念日をふいにされた珠の気持ちを思うとせつなかった。
しばらく待って運ばれてきたのは、卓上用の小さなフォンデュ鍋と小さくカットされたフルーツ。
長い鉄櫛に好きなフルーツをさして、チョコレートをくぐらせる。
春人は少し抵抗があったのだが、食べてみると、チョコレートの甘みが控えめでおいしかった。
「また、ついてる」
珠の口元についたチョコレートを指でぬぐうと、春人はその指を自分の口に入れた。
「あ」
珠が小さな声をあげて、息をのんだのを見て、春人は初めて自分の行為に気がついた。
「いや、悪い、無意識だった。気持ち悪いよな、こんなの……」
珠が真っ赤になって、ぷるぷると首を振る。
持っていた鉄串を珠が落とし、皿とふれて大きな音がした。
「ごめんなさい……」
「深い意味なんてないから、そんなにあせるな」
春人は急にはずかしくなって、思わず横を向いた。