雪恋ふ花 -Snow Drop-
春人が連れて行ったのは、近くのカフェ・バーだった。
町家を改造して作った店内は、照明をおとして、ムーディな雰囲気をかもしだしていた。
横並びのソファー席を選び、カフェオレを注文する。
「晩飯は?」
「まだ」
「もう、10時だぞ」
「お腹、すいてなくて……」
まだ青い顔をしている珠に、自分のコートもかけると、そのまま左手で肩を抱き寄せた。
ついたてと観葉植物で目隠しになっていて、店内の他の客からは死角になる。
珠が慌てて、身を離そうとしたが、手に力をこめるとおとなしく観念した。
「体冷え切ってるだろ。あっためないと」
珠は黙ってうつむいていた。
「あいつと約束してたのか?」
珠がこくりとうなずいた。
「それで、またすっぽかしか?」
「……」
大きなカフェオレボールの温もりが、珠の冷たく凍えた手を溶かしてくれるようだった。
しばらくして、春人が適当に注文した前菜盛り合わせと、季節野菜のパスタが届いた
「ここのアボガドチーズ、うまいから食ってみて?」
そう言って手渡されたスプーンを珠が素直に受け取った。
アボガドを半分に切って、種の部分にチーズをのせてオーブンで焼いた料理を口に運ぶ。
「おいしい」
「だろ?」
「ささみのマリネもいいし、オイルサーディンもうまいよ」
30分以上経ってから、運ばれてきた自家製燻製に珠は思わず笑顔を浮かべた。
家庭用サイズの小さな燻製鍋の蓋を取ると、桜チップのいい香りがあたりに漂った。
網の上には、鶏のささみとゆで卵とチーズが並んでいた。
一口サイズに春人が切り分けてくれた、チーズを食べてみる。
スモークの香りと味が、チーズにさらにコクを与えていた。
落ち込んでいる時、春人はいつもおいしいものを食べさせてくれる。
そのさりげない心遣いに、珠は心があたたかくなった。