小咄
 一瞬真砂は足を止めた。
 が、初めよりも速い速度で六郎のほうへと進むと、そのままの勢いで、手前の深成を蹴り上げた。

「んにゃうんっ!!」

 六郎の膝枕で寝ていた深成が、びっくりして飛び起きる。
 六郎も驚きに目を見開いた。

 予想もしない攻撃だ。
 女の子の尻を、容赦なく蹴り上げるとは。

「なな、何っ?」

 深成は何が起こったのかいまいちわからず、飛び起きたまま、きょろきょろと周りを見回した。
 その横に、何事もなかったかのように、真砂が腰を下ろす。

「あ、課長。今来たの? 遅かったね~」

 真砂を見、にぱっと笑って擦り寄る。
 まだ酔いは、あまり醒めてないようだ。

「何飲んだんだ。ったく、すぐに潰れるんだから、飲むんじゃねぇよ」

「初めはジュースだったも~ん。課長が遅いからだよ~。課長が来るまでは飲まないつもりだったんだも~ん」

 顔を突き出して言う深成にも、真砂はそちらを見もしない。
 六郎が、そんな深成を後ろから引っ張った。

「いいんだよ。しんどかったら、寝てていいから」

「ん~? あ、わらわ、寝てた?」

 酔っ払っているためバランスが取れない深成は、どん、と背中を六郎にぶつける。
 そこで初めて、真砂が深成を見た。

「しんどいわけじゃない。ただ眠いだけだろ」

 鋭い視線を六郎に向けながら、真砂が言う。
 何故か怒られた感じになり、六郎は思わず掴んでいた深成の腕を離した。

「じゃ、食べ物頼みましょう! さ、課長。どうぞっ!」

 後から来た真砂たちの突き出しを持ってきた店員に、あらかじめ頼んでおいたコースの食べ物を頼み、捨吉は真砂に酒を勧める。
 深成は真砂の突き出しを横から奪いつつにじり寄った。

「突き出しぐらい、自分の分があるだろうがっ」

「もう食べちゃったもん。お腹空いてるのも、課長が遅いせいじゃんっ」

 ぶーぶー言いながら、深成はもぐもぐと遠慮なく真砂の突き出しを平らげる。
 舌打ちしながらも、真砂はさりげなく深成のお猪口を取り、中に残っていた酒を飲み干した。
 そしてそれをそのまま、捨吉に差し出す。

「はい、じゃあ乾杯しましょう~」

 何も気にせず捨吉が、真砂に酒を注いだ。

---そ、そのお猪口は、深成ちゃんが使っていた……。し、しかも深成ちゃんの飲みかけを飲むとはっ……!---

 横で目を剥く六郎だったが、前ではあきが、同じように真砂の手にあるお猪口に注目していた。

---あらあら。課長ったら、さりげなく深成ちゃんのお猪口を使ってるわ。まぁ子供じゃないんだから、別に間接キスを狙ったわけじゃないだろうけど。課長のことだし、単に深成ちゃんからお酒を取り上げただけだろうけどね。……それよりも---

 おしぼりを口元に当てつつ、あきは視線を横に滑らす。

---六郎さんの反応……。真砂課長が深成ちゃんの飲みかけを飲み干したときの顔ったら。それぐらいで反応するなんて、案外青いのね。もしかして、間接キスで舞い上がるタイプ?---

 ぷぷぷ、と笑いつつ、目尻を下げて前の三人を観察していると、ようやく食べ物が運ばれてきた。
 深成の目が輝く。

「うわーい! いっただっきま~~す!!」

 満面の笑みで両手を合わせ、深成が箸を取る。
 捨吉が、こらこら、とそれを制した。

「こら深成~。まずは主賓からだろ~。そんながっつくと、六郎さんが遠慮しちゃって食べられないじゃないか~」

「あ、そっか~」

 ぴた、と箸を止め、少し考えて、深成は唐揚げを一つ摘んだ。
 そして六郎を見る。

「はい、どうぞ~」

 箸で摘んだ唐揚げを六郎の顔の前に突き出し、にこりと笑う。
 ぼわ、と六郎の顔が赤くなった。

「え、い、いやっ」

 焦る六郎だったが、口を開けた途端、無慈悲に唐揚げが押し込まれた。
 運ばれてきてすぐなので、揚げたてだ。
 非常に熱い。

 しかも口を開けたといっても呟いただけで、そう大きく開けたわけではない。
 僅かな隙間に挟まれただけで、中までは入らなかったが、唇は火傷した。

「っっ!!」

 慌てて六郎は、咥えた唐揚げを飲み下した。
 その頃には深成は、すでに前を向いて六郎のことなど見ていない。

「じゃあ次は課長ね。はいどうぞ~」

 同じように、清五郎にも唐揚げを差し出す。
 ちょっと苦笑いしつつ、清五郎は小皿を差し出した。

「熱々だろ。それをいきなり食えというのは拷問だぜ」

「そっか」

 素直に差し出された小皿に唐揚げを入れる。
 次いで深成は真砂を見た。
 あきが、わくわくと目を輝かせる。

 だが。
 ぎらりと真砂の目が深成を射抜いた。
 あきと同じく、事の成り行きが気になっていた六郎は、その信じられないほどの鋭い視線にたじろいだ。

「怖いよぅ~」

 うえぇぇん、と深成が泣き出す。
 酔っ払っているので、多分自分が何をしているのかわかっていないのだろう。
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