小咄
 ぴぴぴぴ、という耳慣れないアラームに目を開けると、自分の部屋ではない景色が目に入る。
 あれ、と深成は首を回し、横に目をやった。
 真砂が、背を向けて寝ている。

---そっか。昨夜は課長のところに来ちゃったんだ---

 ごしごしと目を擦っていると、真砂が手を伸ばしてアラームを止めた。
 そして、ちらりと深成を見る。

「起きたか」

 仰向けで呟いた真砂に、深成はがばっと抱き付いた。

「もぅ課長っ。何であっち向いて寝るの。悲しくなるじゃん」

「何だよ。俺が風呂から出た時点で、お前なんかすっかり夢の中だったじゃないか」

「確かに課長が寝たのは知らないけど、起きたときに背を向けられてたら悲しくなるの」

「我が儘かよ」

 言いつつも、真砂は特に深成を引き剥がさない。
 しばらく真砂に甘えていた深成が、ぴょこりと顔を上げた。

「六時半かぁ。眠いな~」

 半目になり、再びこてんと真砂の胸に顔を埋める。
 真砂が少し上体を起こし、深成の頬に手を添えた。

「目ぇ覚めるようにしてやろうか?」

 少し、顔を寄せて言う。
 ぱち、と深成の目が開いた。

「あ、朝から何する気っ?」

 真砂の胸に手を付き、慌てて起き上がる。

「朝のほうが、やりたいもんなんだぜ」

「~~~っ!」

 真っ赤になる深成をにやにやと見、だが真砂は笑いつつ、ぱっとベッドから降りた。
 ほ、と油断した深成の唇に、軽くキスをする。

「さ、とっととシャワー浴びて来い。早くしないと遅刻するぞ」

 そう言って出て行く。
 あっさりと唇を奪われたことを悔しく思いつつも、深成は慌てて浴室に向かった。



「ところで何でわざわざ俺の家に帰ったんだ?」

 深成がシャワーから上がると、真砂が朝食を作ってくれていた。
 それを二人で食べながら、思い出したように真砂が言う。

「飲み会の帰りが一緒じゃなかったとはいえ、あいつが送ってただろ」

「そうだけど。ていうか、だから余計なんだと思う」

 もぐもぐとトーストを頬張りつつ、深成が考える。

「何か、あんちゃんとかあきちゃんとかと一緒だったら、そんなことないと思うんだけど、六郎さんはさ、やっぱりまだあんまり知らない人だし。知らない年上の男の人と二人っていうのが怖かったのかなぁ。何となく、清五郎課長とかみたいな、気安い雰囲気でもないし」

 苦手なわけではないと思うんだけどな~、と言いつつ首を傾げる。
 そして、何か思いついたように、ぽんと手を打った。

「うん、やっぱり親しくない人が苦手なのかも。ほら、あの……羽月って子でも、多分課長に会いたくなっちゃってたよ」

 そう言って、鞄をごそごそと探り、小さな紙切れを取り出した。

「これ、どうしよう」

 ぴ、と深成が見せた紙切れには、メールアドレスと携帯の番号が書かれている。
 真砂がちょっと渋い顔をした。

「何だそれ。あいつ、そんなもん渡してきたのか」

「うん……。良かったら連絡してねって言うんだけど」

 深成が言い終わる前に、真砂は手を伸ばして、その紙切れを取り上げた。

「必要ないだろ」

 くしゃ、と握り潰す。
 真砂はこのアドレスを、何となく流れから六郎のものだと思ったが、ふと羽月かもしれん、とも考える。

 が、自分でない以上、どちらでもいい。
 どちらであろうと深成に群がる害虫でしかないのだから。

「しつこく言い寄ってくるようなら、彼氏がいるとでも言っておけ」

 ぽい、と紙切れを屑籠に放り込みながら言う。
 深成は紅茶を飲みながら、じ、と真砂を見た。

「彼氏って、課長のこと?」

「他に誰がいる」

 憮然と言う。
 ふんぞり返って当然のことのように言う態度は偉そうだし、相変わらず、はっきり『俺が彼氏だ』とは言わない。
 断るための口実に使え、と取れないでもないが、深成はにんまりと口角を上げた。

「そだね。課長はわらわのこと、好きなんだもんね」

 どうだ、とばかりに言ってやる。
 が、真砂は特に表情を変えることもなく、ちらりと深成を見た。

「お前だって、俺のことが好きなんだろ」

 うぐぐ、と口ごもる深成ににやりと笑い、真砂は食器を片付けた。



「おはよう、深成ちゃん」

 九時きっかりにフロアに入った深成に、あきが声をかけた。
 そして、一旦顔をPCに戻して、また振り返る。

「おはよ~。……何?」

 二度見されたことに、深成は首を傾げつつあきを見た。
 あきは、じ~~~っと深成を見、目尻をぐぐっと下げる。

「……ううん。何か、今日はえらいカジュアルなのね」

「あ……。え、えへへ。き、昨日疲れちゃってさ。朝にあんまり時間なかったから、選んでられなかったんだよね~っ」

 あははは~っとぎこちなく笑う深成は、ちょっと大きめのTシャツに、これまたちょっと大きめのシャツを合わせている。
 下に穿いているパンツは、昨日と同じものではないか?

「でも可愛い取り合わせだと思うよ」

「えへへ。わらわ、結構合うサイズってないんだよね。何でもちょっと大きめになっちゃう」

 ぽりぽりと頭を掻きながら、深成はそそくさと席に座り、PCを立ち上げた。
 言うまでもなく、今日の上着類は真砂のものだ。

 中でも小さめのものを選んできたのだが、やはり深成自身が小さいため、メンズサイズのものだと小ささにも限界がある。
 羽織る分には問題なかろうと思ったので、シャツも合わせてTシャツは目立たないようにして来たのだ。
 さすがにパンツ類は無理なので、それだけは昨日のままなのだが。

---ああ、やっぱり着替え、置いておこうかな---

 昨日のままの恰好で来ようかとも思ったが、何となくあきにはバレそうだと思ったのだ。
 それに、単に昨日と一緒だと思われるだけならいいが、どこかに泊まったと思われるのは困る。
 昨日深成と帰ったのは六郎なのだから、悪くしたら六郎とどこかに泊まったのだと思われてしまう。

---そんなのヤダ!---

 と何故だが強く思い、真砂に服を借りたのだった。
 この強い拒否の言葉を六郎が聞いたら、立ち直れないかもしれない。
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