小咄
「あ、おはよう深成ちゃん。昨日はお疲れ様」

 どこかに行っていたのか、ノートを持った六郎が、席に座りながら言った。

「まだそんなに遅くはなかったと思うけど、ご両親とかに怒られなかった?」

 丸っきりの子供扱いだ。
 深成はふるふると首を振る。

「ていうか、わらわ、一人暮らしだし」

「え、そうなの?」

 ちょっと驚いたように、六郎が言う。
 ということは、あの結構なマンションに一人で住んでいるのか。

「凄いな……。家賃とか、大変じゃないの?」

「うん、まぁね。だから駅から離れたところの、小さいとこにしたの」

 かちゃかちゃとPCを打ちながら言う深成に、え、と六郎は首を傾げた。
 タクシーで直接マンションに行ったから、駅からの距離はわからないが、どう見てもあのマンションは小さいものではなかった。
 疑問符を浮かべた六郎が口を開こうとしたとき、真砂がフロアに入ってきた。

「あき。午後からクライアント訪問だろう」

「あ、はい」

「海野を連れて行け」

「わかりました」

 指示を受けたあきが、ノートPCを持って六郎と共に横のブースに移動する。
 その様子を見、深成はキーボードを打ちながら、はぁ、とため息をついた。

「あきちゃん、お出かけかぁ。お昼どうしよっかな」

 昨日は真砂の家に泊まったので、お弁当はない。
 いつも一緒に食べているあきが外出となると、どこかに食べに行こうか、でも一人じゃ寂しいなどと考えているうちに、あきは六郎と出て行ってしまった。

「ねぇあんちゃん。あんちゃんは今日、どっかお出かけする?」

 斜め前の捨吉に聞いてみる。

「いや、今日は外出の予定はないよ」

「じゃあお昼、一緒に食べよ?」

「うん、いいよ。いっつも行く定食屋があるんだけど、そこに行こうか」

 こっくりと深成は頷き、へにゃんと頬を緩めた。
 深成はいつもお弁当なので、この辺りの店など知らない。
 違うところに行くだけでも楽しそうだし、何となく定食屋は安くて美味いというイメージだ。

 今からお昼が待ち遠しい。
 うきうきと定食メニューをあれこれ考えているうちに、あっという間に午前中は過ぎ去った。

「課長。課長も昼、食いに行きません?」

 チャイムと共に、捨吉が真砂に声をかけた。
 が、真砂はPCを閉じると、ため息をつきつつ立ち上がる。

「俺はこれから社長室で会議だ」

 毎度恒例、ミラ子社長のランチミーティングのようだ。
 そこへこちらも呼ばれたのだろう、清五郎がやってくる。

「真砂。呼び出しだろ?」

「ああ……」

「ま、今回は北海道土産があるから楽しみじゃないか」

 渋い顔の真砂に言いつつ、皆揃ってエレベーターホールへ出る。
 エレベーターを待っていると、フロアから羽月が駆け出してきた。

「あ、捨吉さん。おいらも一緒していい?」

 ひく、と真砂の顔が引き攣る。
 だが社長の呼び出しをすっぽかすわけにもいかない。
 眉間に皺を刻んでいると、ちん、と上行きのエレベーターが開いた。

「そんじゃ、ま、頑張れよ」

 意味ありげに、ぽん、と羽月の背を叩き、清五郎は爽やかに笑って手を挙げた。
 渋い顔のまま、真砂はちらりと深成を見た。
 ちょっと不安そうな顔の深成と目が合う。

 だがここではどうすることも出来ない。
 密かに後ろ髪を引かれる思いで、真砂もエレベーターに乗り込んだ。

「どこに行くの? 定食屋?」

 下行きのエレベーターに乗り込み、羽月は嬉しそうに、にこにこしている。

「うん。あそこは美味いし早いしね」

 そう言いつつ、捨吉が深成を連れて行ったのは、社ビルから出てすぐの、小さな定食屋だった。
 店に入るなり、ソースのいい匂いが漂う。

「うわぁ、美味しそう~」

 ほにゃんと深成が相好を崩す。
 お昼時だが人数が少ないので、すぐに席につけた。

「どれにしよっかなぁ。とんかつも美味しそうだけど、エビフライも捨てがたいし。このハンバーグも美味しそう」

 きらきらと目を輝かせて、深成がメニューを見る。

「う~~~~ん……。この煮込みハンバーグ定食にする」

 悩みに悩んだ末、深成は大きなハンバーグにご飯とサラダのついたセットを指さした。
 捨吉が唐揚げ定食、羽月はエビフライ定食をそれぞれ頼み、食事にありつく。

「いっただっきまぁ~す。うわぁ、エビもおっきいねぇ~」

 運ばれてきたご飯を前に、深成が満面の笑みで割り箸を割った。
 羽月が、エビを一匹深成に示す。

「一つあげようか?」

「ほんとっ? じゃ、ハンバーグ、ちょっとあげるよ」

 いそいそと、でかいハンバーグの三分の一とエビフライを交換する。
 食べ物を前にすると、警戒心も薄れるようだ。

「あんちゃんも、ちょっと欲しい?」

 もぐもぐと羽月から貰ったエビフライを食べながら、深成が言う。

「俺はよく来てるからなぁ。あ、深成。唐揚げも欲しい?」

 こっくりと頷く深成の皿に、はい、と唐揚げを一つ乗せる。
 深成が、ずい、とハンバーグを勧めた。

「ねぇ捨吉さん。また今度、飲み会しようよ」

「ん? ああ、そうだねぇ」

 あまり気乗りしないように、捨吉が相槌を打つ。
 羽月と行くのはいいのだが、ゆいが苦手なのだ。

「お前もさぁ、飲み会ってあんまり言うなよ」

「え~、だってゆいさんにも、せっつかれるんだもん。ゆいさんも飲み会したがってるよ」

 どうやらしきりに飲み会に誘うのは、ゆいに言われていることもあるらしい。
 羽月も深成と行きたい気持ちもあり、その辺の気持ちは、ゆいと合致しているのだ。
 が、それぞれの対象者である深成と捨吉からすると、あまり喜ばしい状況ではない。

「まぁそのうちね」

 適当に流す捨吉に、きっとだよ、と念を押し、羽月は深成を見た。

「深成ちゃんも、いつでも連絡してよね」

「ん……うん……」

 若干打ち解けたとはいえ、ここはやはり引き気味に、小さく答えて深成はもぐもぐとハンバーグを頬張った。
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