小咄
一方深成は、ホームの端のベンチに座って、えぐえぐとしゃくり上げていた。
真砂は深成の言葉に被せては気持ちを教えてくれるが、自ら『好きだ』とは、いまだに言ってくれない。
態度で示しているといえばそうなのだが、女子としては、やはりはっきりとした言葉が欲しいものだ。
付き合っているのかもよくわからないし、少し不満に思っていたところに、そんな態度は遊ばれている証拠だ、と言われたのは、かなりショックだ。
泣きながら、深成は携帯を取り出した。
何度かのコールの後、思ったより早くに相手は出た。
『どうした』
「課長……」
『何だ、何かあったのか』
深成の声で、泣いているのがわかったようだ。
真砂の声が、少し険しくなった。
『あいつ、またお前に何かしたのか?』
声に含まれる棘に、深成は少し安心した。
真砂が怒っているのは、深成を心配しているからだ。
「課長。課長はわらわのこと、本気で好いてくれてるよね?」
電話の向こうの真砂が黙った。
いきなりな質問に、ちょっと戸惑っているようだ。
が、深成はそんな真砂に畳みかけた。
「わらわを本気で想ってくれてるから、他の人が送ったりするのが嫌なんでしょ? わらわは課長に想われてるって思ってていいの? わらわが彼女だって思っていいの?」
『当たり前だろ』
きっぱりと、真砂の声が深成の耳に届いた。
『好きでもない奴に、家の鍵を渡したりするか。俺の家を知ってるのだって、お前だけだ』
ぐす、と深成が鼻を啜った。
にぱ、と笑うと、ぱっと立ち上がる。
「わかった、ありがと。じゃ、早く帰って来てね」
相変わらず深成の言葉を肯定することでしか、自分の気持ちは言ってくれないが、最後の言葉にさっきまでの涙雲が、さっと吹き飛んだ思いだ。
「課長、大好きっ」
深成が言うと、しばらくの沈黙の後、ごほん、と咳払いが聞こえた。
『大丈夫なのか』
誤魔化すように、真砂が言う。
が、その声はさっきまでとは微妙に違う。
照れが声に出るということは、顔はどうなってるんだろう、と、深成はぷぷぷ、と笑った。
「うん。ちょっと変なところで降りちゃったけど、ホームからは出てないし。あ、電車来た。じゃ、お家で待ってるね」
『ああ』
ぷち、と通話を切り、電車を降りたときとは打って変わって、深成はるんるんと真砂のマンションへと向かった。
七時前に、あきが上がろうとしていると、二課のほうから清五郎がやって来た。
千代がそそくさとPCを落とす。
「真砂。お千代さん借りるぜ」
軽く言いながら、清五郎が千代の横に鞄を置く。
真砂は別に顔を上げることもなく、ああ、と素っ気なく答えた。
「清五郎課長。もしかして、今日ご飯ですか?」
あきが聞いてみると、清五郎はあっさりと頷いた。
「ああ。やっと例の案件も目途が立ったしな。約束は守るぜ」
「わ~、いいなぁ」
「あきちゃんも、また飲みに行こうや。そうだ。北海道土産が届いたら、皆で鍋でもするか」
「ほんとですかぁ~? あら、でも今だったら六郎さんも?」
相変わらず軽く皆を誘う清五郎に乗りながらも、あきはふと思いついて言ってみた。
清五郎が、ちょっと片眉を上げる。
「そろそろ研修も半ばだし、そんな暇はないだろ? 真砂の課題が佳境を迎える頃だしな。まぁ真砂が誘うってんなら別にいいが、派遣ちゃんのためにも、それはないだろ」
さらっと言う。
お? とあきが少し身を乗り出した。
「深成ちゃんのため? 何でです?」
「まぁ……何となくな」
大人なだけに、憶測をべらべらと喋るようなことはしない。
が、多分何かに気付いているのだ。
---そうよねっ! 清五郎課長って、飄々としてるふりして、結構鋭いもの。見るところは見てると思うし、前も深成ちゃんは真砂課長のもの、的なこと言ってたじゃない---
そこまでは言ってないが。
あきは女子の強みで、もうちょっと噂話を掘り下げることにした。
「ああ、そういえば、今日も何か怪しかったですもんねぇ。まぁ深成ちゃんだし、虫が出たらあれぐらいの反応はするでしょうけど。六郎さんが何かしたんじゃないかって思われても仕方ないですよねぇ」
「おや、あきちゃんはそう思うのか」
「だってあたし、今日六郎さんと二人で外出だったんですけど、お昼に話した中で、深成ちゃんに彼氏がいるかもって言ったら、すっごい動揺してましたもん」
あはは、とあくまで軽く笑いつつも、あきはちらりと上座の真砂を窺った。
だが六郎と違い、無反応だ。
表面だけかもしれないが。
「あははは。へー、いい歳なのに、わかりやすい奴だなぁ。でもだったら、彼氏がいる派遣ちゃんに手を出したのか? つか、派遣ちゃん、彼氏がいるのか? 意外だな」
清五郎が大笑いする。
動揺したところなど見たこともないぐらいの清五郎からすると、自分と同じ歳ぐらいでそんなにわかりやすい人間など、信じられないかもしれない。
「いえ、知らないですよ。でもまぁ、いてもおかしくないじゃないですか。六郎さんがどんな反応するだろうって、ちょっと興味もあったし。でも想像以上に凄い反応でした」
「あきちゃんも、なかなか意地悪だな。まぁ派遣ちゃんも、あいつはちょっとどうかと思うな。今後また、まとわりつかれても困るだろうし」
「やっぱり資料室で、何かあったんですかねぇ。深成ちゃん、泣いてたし」
あきがそう言ったとき、ばきんという音が響いた。
え、と見ると、真砂が持っていたペンが折れている。
---あらら。やっぱり課長、聞いてたのね。しかしまぁ、表情には出ないのに、密かにあんなに怒ってるんだ。ま、そりゃ深成ちゃんを泣かせた男なんて許せないかもだけど---
目尻をぐっと下げて、あきは含み笑いした。
「……ま、虫にもいろいろあるからな」
意味ありげに言い、清五郎は、用意の出来た千代を連れてフロアを出て行った。
真砂は深成の言葉に被せては気持ちを教えてくれるが、自ら『好きだ』とは、いまだに言ってくれない。
態度で示しているといえばそうなのだが、女子としては、やはりはっきりとした言葉が欲しいものだ。
付き合っているのかもよくわからないし、少し不満に思っていたところに、そんな態度は遊ばれている証拠だ、と言われたのは、かなりショックだ。
泣きながら、深成は携帯を取り出した。
何度かのコールの後、思ったより早くに相手は出た。
『どうした』
「課長……」
『何だ、何かあったのか』
深成の声で、泣いているのがわかったようだ。
真砂の声が、少し険しくなった。
『あいつ、またお前に何かしたのか?』
声に含まれる棘に、深成は少し安心した。
真砂が怒っているのは、深成を心配しているからだ。
「課長。課長はわらわのこと、本気で好いてくれてるよね?」
電話の向こうの真砂が黙った。
いきなりな質問に、ちょっと戸惑っているようだ。
が、深成はそんな真砂に畳みかけた。
「わらわを本気で想ってくれてるから、他の人が送ったりするのが嫌なんでしょ? わらわは課長に想われてるって思ってていいの? わらわが彼女だって思っていいの?」
『当たり前だろ』
きっぱりと、真砂の声が深成の耳に届いた。
『好きでもない奴に、家の鍵を渡したりするか。俺の家を知ってるのだって、お前だけだ』
ぐす、と深成が鼻を啜った。
にぱ、と笑うと、ぱっと立ち上がる。
「わかった、ありがと。じゃ、早く帰って来てね」
相変わらず深成の言葉を肯定することでしか、自分の気持ちは言ってくれないが、最後の言葉にさっきまでの涙雲が、さっと吹き飛んだ思いだ。
「課長、大好きっ」
深成が言うと、しばらくの沈黙の後、ごほん、と咳払いが聞こえた。
『大丈夫なのか』
誤魔化すように、真砂が言う。
が、その声はさっきまでとは微妙に違う。
照れが声に出るということは、顔はどうなってるんだろう、と、深成はぷぷぷ、と笑った。
「うん。ちょっと変なところで降りちゃったけど、ホームからは出てないし。あ、電車来た。じゃ、お家で待ってるね」
『ああ』
ぷち、と通話を切り、電車を降りたときとは打って変わって、深成はるんるんと真砂のマンションへと向かった。
七時前に、あきが上がろうとしていると、二課のほうから清五郎がやって来た。
千代がそそくさとPCを落とす。
「真砂。お千代さん借りるぜ」
軽く言いながら、清五郎が千代の横に鞄を置く。
真砂は別に顔を上げることもなく、ああ、と素っ気なく答えた。
「清五郎課長。もしかして、今日ご飯ですか?」
あきが聞いてみると、清五郎はあっさりと頷いた。
「ああ。やっと例の案件も目途が立ったしな。約束は守るぜ」
「わ~、いいなぁ」
「あきちゃんも、また飲みに行こうや。そうだ。北海道土産が届いたら、皆で鍋でもするか」
「ほんとですかぁ~? あら、でも今だったら六郎さんも?」
相変わらず軽く皆を誘う清五郎に乗りながらも、あきはふと思いついて言ってみた。
清五郎が、ちょっと片眉を上げる。
「そろそろ研修も半ばだし、そんな暇はないだろ? 真砂の課題が佳境を迎える頃だしな。まぁ真砂が誘うってんなら別にいいが、派遣ちゃんのためにも、それはないだろ」
さらっと言う。
お? とあきが少し身を乗り出した。
「深成ちゃんのため? 何でです?」
「まぁ……何となくな」
大人なだけに、憶測をべらべらと喋るようなことはしない。
が、多分何かに気付いているのだ。
---そうよねっ! 清五郎課長って、飄々としてるふりして、結構鋭いもの。見るところは見てると思うし、前も深成ちゃんは真砂課長のもの、的なこと言ってたじゃない---
そこまでは言ってないが。
あきは女子の強みで、もうちょっと噂話を掘り下げることにした。
「ああ、そういえば、今日も何か怪しかったですもんねぇ。まぁ深成ちゃんだし、虫が出たらあれぐらいの反応はするでしょうけど。六郎さんが何かしたんじゃないかって思われても仕方ないですよねぇ」
「おや、あきちゃんはそう思うのか」
「だってあたし、今日六郎さんと二人で外出だったんですけど、お昼に話した中で、深成ちゃんに彼氏がいるかもって言ったら、すっごい動揺してましたもん」
あはは、とあくまで軽く笑いつつも、あきはちらりと上座の真砂を窺った。
だが六郎と違い、無反応だ。
表面だけかもしれないが。
「あははは。へー、いい歳なのに、わかりやすい奴だなぁ。でもだったら、彼氏がいる派遣ちゃんに手を出したのか? つか、派遣ちゃん、彼氏がいるのか? 意外だな」
清五郎が大笑いする。
動揺したところなど見たこともないぐらいの清五郎からすると、自分と同じ歳ぐらいでそんなにわかりやすい人間など、信じられないかもしれない。
「いえ、知らないですよ。でもまぁ、いてもおかしくないじゃないですか。六郎さんがどんな反応するだろうって、ちょっと興味もあったし。でも想像以上に凄い反応でした」
「あきちゃんも、なかなか意地悪だな。まぁ派遣ちゃんも、あいつはちょっとどうかと思うな。今後また、まとわりつかれても困るだろうし」
「やっぱり資料室で、何かあったんですかねぇ。深成ちゃん、泣いてたし」
あきがそう言ったとき、ばきんという音が響いた。
え、と見ると、真砂が持っていたペンが折れている。
---あらら。やっぱり課長、聞いてたのね。しかしまぁ、表情には出ないのに、密かにあんなに怒ってるんだ。ま、そりゃ深成ちゃんを泣かせた男なんて許せないかもだけど---
目尻をぐっと下げて、あきは含み笑いした。
「……ま、虫にもいろいろあるからな」
意味ありげに言い、清五郎は、用意の出来た千代を連れてフロアを出て行った。