小咄
そしてブースでは、もっぱらゆいが率先して喋っていた。
深成とあきにとってはありがたいことである。
惟道もきちんと受け答えはするのだが、ゆいの言うことに答えるだけで、そこから話が広がる、ということが全くない。
それでいて、故意にそうしている風でもないのだ。
「えーっ! じゃあ辛い幼少期だったのねーっ!」
傷の由来を聞き、ゆいが声を上げる。
「じゃあ今は? 大学生だったわよね。一人暮らししてるの?」
「知り合いの家にいる」
「えー、知り合いって? イトコとか?」
「ただの知り合いだ。血縁関係はない」
「そうなの? 気詰まりじゃない? 大学に近かったとか?」
「別に気詰まりではない。俺がその家に合っているから来い、と言われた」
熱くぐいぐいと質問を投げるゆいに対して、惟道は全くの低空飛行で淡々と答える。
結構人の領域に土足でずかずかと踏み込んでいる内容だが、低空飛行とはいえ嫌そうな素振りもない。
嬉々として答えるわけでもなく、迷惑そうにするでもない。
聞かれたことに、忠実に答えるだけ。
まさに、よくできたロボットのようだ。
「どっかに電源あるんじゃないの」
同じように思ったあきが小さく言い、きょろきょろと惟道の周りを見る。
「えーでも知り合いのお家だったら、彼女ができても連れていけないじゃない~」
何か含んだように言い、ゆいがばしんと惟道の肩を叩く。
狙っているのがバレバレだ。
が、惟道は、ぼそ、と「彼女……」と呟いただけだった。
「え、もしかして、今まで彼女いたことなかったりする?」
途端に興味津々な顔になり、ゆいがさらに惟道に身を寄せる。
ただでさえほとんど引っ付いている状態なのに、そこからまた身を寄せたので、今や惟道の身体は斜めになっているのだが。
「彼女とは? 付き合ってくれ、と言ってくる女子のことか?」
「当然じゃな~い! いたんでしょ?」
「いたが……」
あきは少し意外そうに惟道を見た。
顔はいいのだから、もてないことはないだろう。
だがこの独特な雰囲気。
この惟道と付き合おうと思うだろうか。
そう思っていると、ふと惟道が視線を上げた。
あきの視線とぶつかる。
その瞬間、どきっとした。
漆黒の瞳に呑み込まれるような。
「あ、あきぃ~。見惚れてるんじゃないわよ。あんたには捨吉くんがいるでしょ~」
すかさずゆいが牽制する。
それに、はた、とあきは我に返った。
「……あ、そ、そんなんじゃないわよ」
慌てて目を逸らす。
ゆいが現実に引き戻してくれてよかった。
何となく、あのまま闇に呑まれそうな感じだった。
---や、ヤバいわ、この子---
胸がどきどき鳴っている。
この高鳴りは何だろうか。
恐怖ではない。
しかし恐怖でないなら何だろう。
「あきちゃん、どうしたの」
俯いてそそくさと弁当を包むあきに、深成が声をかけた。
「ううん、別に」
「惟道くんって、ちょっと不思議な雰囲気だよね。浮世離れしてるっていうか」
お前も大概だ、と言われそうなことを、深成がさらっと言う。
「浮世離れっていうのかな。でも確かにちょっと、変わってるかな」
でもそれは、生い立ちによるのかもしれない。
あまり言わないほうがいいかな、とも思うのだが、何を言っても惟道は能面のままだ。
ここまで表情が読めない人も珍しい。
真砂も大概無表情だが、もうちょっと人間味がある。
惟道は人間味がないのだ、という結論に達し、その考えに、深成は自分で恐ろしくなった。
深成が青くなり、あきが何かもじもじし、ゆいがぐいぐいと惟道に迫るという、そんな妙なランチの終盤に、外から戻って来た清五郎が顔を出した。
「お昼中にすまないな。ちょっと俺が今から出ないといかんから、先に説明したいことがあるんだ。惟道、ちょっといいか」
頷き、惟道がブースから出て行く。
もっぱら惟道とのお喋りに集中していて食事どころではなかったゆいが、ようやく食事を再開した。
「ゆいちゃん、早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ」
「そうね~。だってあんたたちが全然喋らないんだもの」
もぐもぐとハンバーガーを頬張る。
「それにしても、ゆいさん凄いね。わらわ、あの子とあんなに会話続かないよ」
深成が心底感心したように言うと、ゆいは、ちちち、と指を振った。
「それは相手に興味があるかどうかによるわよ。あたしだって興味ない人だったら、会話続けようとも思わないし」
「え、ゆいちゃんあの子に、そんなに興味あり?」
あきが驚いたように言う。
見目は確かにいいが、何と言っても若い。
ゆいとは七つぐらいの差があるのではないか?
ゆいの射程範囲はどこまでOKなのだろう。
「あの子、大学生でしょ? 大分下じゃない」
「だからこそ可愛いのよ。あたし、もしかしたら年下のほうが好きなのかも。捨吉くんだってそうだったし」
そういえばそうだ。
そうだったのか、とあきはちょっと納得した。
「ゆいちゃんは自分でぐいぐい行動するから、お姉さんタイプなのかもね」
「ああ、わかる。わらわは年上のほうがいいな~」
あきも深成も、あまり自分から行動するほうではない。
恋愛の相手は頼れる人のほうがいいタイプだ。
---そうねぇ。深成ちゃんにはしっかりした大人が必要よねぇ。捨吉くんとも、まぁ上手いこといくようにも思うけど、深成ちゃんががっつり甘えるイメージだし、そう考えると捨吉くんよりももっと頼りがいがあるほうが……。やっぱり真砂課長がお似合い? 清五郎課長まで行くと、さすがにちょっと親子みたいになりそうだわ。ほぼ一回り? 真砂課長とは九つか。結構離れてるわね---
どうも深成のことに話が及ぶと頬が緩む。
相手が相手であるため、あきの妄想の種は急成長するのだ。
でも、とあきは、下がったままの目尻でゆいを見た。
---こっちもなかなか、面白いことになりそう……---
あの惟道をどう落とすのか、これはちょっと見ものである。
惟道こそ、ちょっと他にはいないタイプだ。
結構誰にでもすぐ懐く深成が、惟道を前にすると緊張するのも珍しい。
それはあきも同じだが。
「バイトっても短期みたいだし、早めに勝負に出ないとだわね」
肉食獣の目になって、ゆいはにやりと笑った。
深成とあきにとってはありがたいことである。
惟道もきちんと受け答えはするのだが、ゆいの言うことに答えるだけで、そこから話が広がる、ということが全くない。
それでいて、故意にそうしている風でもないのだ。
「えーっ! じゃあ辛い幼少期だったのねーっ!」
傷の由来を聞き、ゆいが声を上げる。
「じゃあ今は? 大学生だったわよね。一人暮らししてるの?」
「知り合いの家にいる」
「えー、知り合いって? イトコとか?」
「ただの知り合いだ。血縁関係はない」
「そうなの? 気詰まりじゃない? 大学に近かったとか?」
「別に気詰まりではない。俺がその家に合っているから来い、と言われた」
熱くぐいぐいと質問を投げるゆいに対して、惟道は全くの低空飛行で淡々と答える。
結構人の領域に土足でずかずかと踏み込んでいる内容だが、低空飛行とはいえ嫌そうな素振りもない。
嬉々として答えるわけでもなく、迷惑そうにするでもない。
聞かれたことに、忠実に答えるだけ。
まさに、よくできたロボットのようだ。
「どっかに電源あるんじゃないの」
同じように思ったあきが小さく言い、きょろきょろと惟道の周りを見る。
「えーでも知り合いのお家だったら、彼女ができても連れていけないじゃない~」
何か含んだように言い、ゆいがばしんと惟道の肩を叩く。
狙っているのがバレバレだ。
が、惟道は、ぼそ、と「彼女……」と呟いただけだった。
「え、もしかして、今まで彼女いたことなかったりする?」
途端に興味津々な顔になり、ゆいがさらに惟道に身を寄せる。
ただでさえほとんど引っ付いている状態なのに、そこからまた身を寄せたので、今や惟道の身体は斜めになっているのだが。
「彼女とは? 付き合ってくれ、と言ってくる女子のことか?」
「当然じゃな~い! いたんでしょ?」
「いたが……」
あきは少し意外そうに惟道を見た。
顔はいいのだから、もてないことはないだろう。
だがこの独特な雰囲気。
この惟道と付き合おうと思うだろうか。
そう思っていると、ふと惟道が視線を上げた。
あきの視線とぶつかる。
その瞬間、どきっとした。
漆黒の瞳に呑み込まれるような。
「あ、あきぃ~。見惚れてるんじゃないわよ。あんたには捨吉くんがいるでしょ~」
すかさずゆいが牽制する。
それに、はた、とあきは我に返った。
「……あ、そ、そんなんじゃないわよ」
慌てて目を逸らす。
ゆいが現実に引き戻してくれてよかった。
何となく、あのまま闇に呑まれそうな感じだった。
---や、ヤバいわ、この子---
胸がどきどき鳴っている。
この高鳴りは何だろうか。
恐怖ではない。
しかし恐怖でないなら何だろう。
「あきちゃん、どうしたの」
俯いてそそくさと弁当を包むあきに、深成が声をかけた。
「ううん、別に」
「惟道くんって、ちょっと不思議な雰囲気だよね。浮世離れしてるっていうか」
お前も大概だ、と言われそうなことを、深成がさらっと言う。
「浮世離れっていうのかな。でも確かにちょっと、変わってるかな」
でもそれは、生い立ちによるのかもしれない。
あまり言わないほうがいいかな、とも思うのだが、何を言っても惟道は能面のままだ。
ここまで表情が読めない人も珍しい。
真砂も大概無表情だが、もうちょっと人間味がある。
惟道は人間味がないのだ、という結論に達し、その考えに、深成は自分で恐ろしくなった。
深成が青くなり、あきが何かもじもじし、ゆいがぐいぐいと惟道に迫るという、そんな妙なランチの終盤に、外から戻って来た清五郎が顔を出した。
「お昼中にすまないな。ちょっと俺が今から出ないといかんから、先に説明したいことがあるんだ。惟道、ちょっといいか」
頷き、惟道がブースから出て行く。
もっぱら惟道とのお喋りに集中していて食事どころではなかったゆいが、ようやく食事を再開した。
「ゆいちゃん、早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ」
「そうね~。だってあんたたちが全然喋らないんだもの」
もぐもぐとハンバーガーを頬張る。
「それにしても、ゆいさん凄いね。わらわ、あの子とあんなに会話続かないよ」
深成が心底感心したように言うと、ゆいは、ちちち、と指を振った。
「それは相手に興味があるかどうかによるわよ。あたしだって興味ない人だったら、会話続けようとも思わないし」
「え、ゆいちゃんあの子に、そんなに興味あり?」
あきが驚いたように言う。
見目は確かにいいが、何と言っても若い。
ゆいとは七つぐらいの差があるのではないか?
ゆいの射程範囲はどこまでOKなのだろう。
「あの子、大学生でしょ? 大分下じゃない」
「だからこそ可愛いのよ。あたし、もしかしたら年下のほうが好きなのかも。捨吉くんだってそうだったし」
そういえばそうだ。
そうだったのか、とあきはちょっと納得した。
「ゆいちゃんは自分でぐいぐい行動するから、お姉さんタイプなのかもね」
「ああ、わかる。わらわは年上のほうがいいな~」
あきも深成も、あまり自分から行動するほうではない。
恋愛の相手は頼れる人のほうがいいタイプだ。
---そうねぇ。深成ちゃんにはしっかりした大人が必要よねぇ。捨吉くんとも、まぁ上手いこといくようにも思うけど、深成ちゃんががっつり甘えるイメージだし、そう考えると捨吉くんよりももっと頼りがいがあるほうが……。やっぱり真砂課長がお似合い? 清五郎課長まで行くと、さすがにちょっと親子みたいになりそうだわ。ほぼ一回り? 真砂課長とは九つか。結構離れてるわね---
どうも深成のことに話が及ぶと頬が緩む。
相手が相手であるため、あきの妄想の種は急成長するのだ。
でも、とあきは、下がったままの目尻でゆいを見た。
---こっちもなかなか、面白いことになりそう……---
あの惟道をどう落とすのか、これはちょっと見ものである。
惟道こそ、ちょっと他にはいないタイプだ。
結構誰にでもすぐ懐く深成が、惟道を前にすると緊張するのも珍しい。
それはあきも同じだが。
「バイトっても短期みたいだし、早めに勝負に出ないとだわね」
肉食獣の目になって、ゆいはにやりと笑った。