小咄
惟道は二課所属とはいえ、大体の仕事を教えるのは深成である。
自然、深成ががっつり惟道と関わることになるのだが。
---慣れない……---
やたらと緊張する。
まだまだ入って初期の頃、真砂に仕事を教わっているときも大概緊張した。
それはいかにも上司然とした人物から直で教わったこともあるし、怖かった、ということもある。
だがすぐに慣れた。
惟道の場合は別に年上でもないし怖くもない。
教える立場であるのでこちらのほうが上なのだが、何故か真砂よりも緊張する。
独特な雰囲気のせいだろうか、とも思うのだが、それにしても全然慣れない。
どういう子か、というのが全く掴めないのだ。
教える過程でわからないところはきちんと聞くし、理解も結構早いのだが、如何せん表情がない。
和気藹々と楽しく仕事ができるに越したことはないと思うのだが、そういう空気とは無縁というか。
---真砂も大概無表情だけど、ここまでじゃないよー! 楽しく仕事するタイプでもないけど、何だろう、この子と真砂は全然違う---
真砂の酷い版が惟道ということだろうか、とも思うのだが、そういうわけでもなさそうなのだ。
真砂のように、必要以上に他人を寄せ付けない空気というか、そういうものではない。
むしろ拒否しているわけではないと思う。
ただただ反応が薄いというか。
ボールを投げたら投げっぱなし、というか。
拒否するわけでもないが、受け入れるわけでもない。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
「でね、ここまできたら、後は一課ではサーバーの決まったところに入れておくんだ。そしたら担当の人が、必要なときに使うから。んと、二課ではどういう運用してるのかな。あきちゃん、ゆいさんに何か聞いてる?」
深成があきに言うと、あきは、少し首を傾げた。
「さぁ。細かい運用方法なんて、お互い話しないからなぁ。まだそういうことは聞いてないの?」
言いつつ惟道を見たあきが、惟道と目が合った瞬間、動きを止める。
まともに目を合わせると、惟道は危険だ。
恐ろしく澄んだ漆黒の瞳に絡めとられる。
「……あきちゃん?」
深成の声に、はた、とあきが我に返った。
「あ、えっと。ほら、入力とかは、ゆいちゃんが教えてるでしょ? その過程でさ、ここに作った資料を入れて言われてない?」
「……」
黙った後、不意に惟道が手を伸ばした。
深成の右手の上から、マウスを操作する。
いきなりなことに、深成もあきも固まった。
「……この辺にフォルダがあったが……」
深成の右手ごとマウスを操作していることなど全く頭にないように、ごく自然にクリックを繰り返す。
が、ある程度まで進むと、他のフォルダには入れない。
「権限がない……?」
「あ、そ、そっか。二課は二課用のフォルダがあって、そこからは多分、二課の人しか入れないのよ。今まではほら、ただのシステムの入力方法だったから皆一緒だけど、保存場所は課によって違うし」
一足先に我に返ったあきが、深成のマウスの横の机を不必要に大きく叩いて言った。
この状況はおかしいぞ、と暗に示したわけだが。
「そういうもんか」
慌てて手を離すでもなく、惟道はそのまま、小さく呟いた。
そしてようやく、ごく自然に手を離す。
深成の手などなく、普通にマウスを操っていただけのような感じだ。
ちらりと、あきは上座を窺った。
そして慌てて目を逸らす。
真砂の射抜くような視線とぶつかったのだ。
幸いにして、射抜かれていたのは惟道だが。
普通は真砂のあの尋常でない鋭い視線を受けたら、寒気を覚えるとか転ぶとか、何かしら反応があるはずなのに、惟道は変わらず能面で深成のPC画面を眺めている。
---あの課長の眼力をものともしないなんて……---
同格の雰囲気を持つ者ならわからないでもないが、惟道にそんな激しい感情は全く感じられない。
というか、惟道に感情があるのか自体が怪しく思える。
---いやでも、この子だって一応人間なんだし。……人間よね?---
間に深成を挟んでいることもあり、あきは結構まじまじと惟道を見た。
額の傷は前髪に隠れているお陰で普通のイケメンくんだ。
肌は色白な部類だろう。
だから余計に、黒い髪と黒い瞳が際立つ。
表情がないので、まさにお人形のようだ。
---ちょっといないほどのイケメンよねぇ---
見れば見るほど引き込まれる。
あまりに美しい目は恐ろしくもあるのだが、妙な魅力も湛えているのだ。
加えてこの神秘的ともいえる独特の雰囲気。
普通の人間にはない新鮮さがある。
あきには捨吉という彼氏がいるのに、どうも気になってしまう。
真砂しか頭にない深成でさえ、ちょっとどうしていいのかわからないように、先ほど掴まれた右手を、意味なく握り締めたりしている。
「えっと、あの、じゃあ保存場所は、またゆいさんに聞いておいてね。入力の仕方は一緒だから」
とりあえず深成がそう言ったとき、ゆいがやって来た。
「惟道く~ん。どう、大分わかった?」
「あっ! ゆいさん、あの、二課のほうの資料の保存場所とか、教えてあげてね」
ここのところ、ゆいが来てくれるとほっとする。
元々興味のある男にはぐいぐい行くゆいなので、この惟道の妙な空気もものともしない。
どれだけ相手が無反応でもぐいぐいと迫れるところは、最早尊敬に値する。
「ああ、サーバー内の二課のところには、こっちからは入れないからね。それじゃ、今日はここから、あたしが引き受けていい?」
にこにこと言うゆいに、深成は大きく頷いた。
自然、深成ががっつり惟道と関わることになるのだが。
---慣れない……---
やたらと緊張する。
まだまだ入って初期の頃、真砂に仕事を教わっているときも大概緊張した。
それはいかにも上司然とした人物から直で教わったこともあるし、怖かった、ということもある。
だがすぐに慣れた。
惟道の場合は別に年上でもないし怖くもない。
教える立場であるのでこちらのほうが上なのだが、何故か真砂よりも緊張する。
独特な雰囲気のせいだろうか、とも思うのだが、それにしても全然慣れない。
どういう子か、というのが全く掴めないのだ。
教える過程でわからないところはきちんと聞くし、理解も結構早いのだが、如何せん表情がない。
和気藹々と楽しく仕事ができるに越したことはないと思うのだが、そういう空気とは無縁というか。
---真砂も大概無表情だけど、ここまでじゃないよー! 楽しく仕事するタイプでもないけど、何だろう、この子と真砂は全然違う---
真砂の酷い版が惟道ということだろうか、とも思うのだが、そういうわけでもなさそうなのだ。
真砂のように、必要以上に他人を寄せ付けない空気というか、そういうものではない。
むしろ拒否しているわけではないと思う。
ただただ反応が薄いというか。
ボールを投げたら投げっぱなし、というか。
拒否するわけでもないが、受け入れるわけでもない。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
「でね、ここまできたら、後は一課ではサーバーの決まったところに入れておくんだ。そしたら担当の人が、必要なときに使うから。んと、二課ではどういう運用してるのかな。あきちゃん、ゆいさんに何か聞いてる?」
深成があきに言うと、あきは、少し首を傾げた。
「さぁ。細かい運用方法なんて、お互い話しないからなぁ。まだそういうことは聞いてないの?」
言いつつ惟道を見たあきが、惟道と目が合った瞬間、動きを止める。
まともに目を合わせると、惟道は危険だ。
恐ろしく澄んだ漆黒の瞳に絡めとられる。
「……あきちゃん?」
深成の声に、はた、とあきが我に返った。
「あ、えっと。ほら、入力とかは、ゆいちゃんが教えてるでしょ? その過程でさ、ここに作った資料を入れて言われてない?」
「……」
黙った後、不意に惟道が手を伸ばした。
深成の右手の上から、マウスを操作する。
いきなりなことに、深成もあきも固まった。
「……この辺にフォルダがあったが……」
深成の右手ごとマウスを操作していることなど全く頭にないように、ごく自然にクリックを繰り返す。
が、ある程度まで進むと、他のフォルダには入れない。
「権限がない……?」
「あ、そ、そっか。二課は二課用のフォルダがあって、そこからは多分、二課の人しか入れないのよ。今まではほら、ただのシステムの入力方法だったから皆一緒だけど、保存場所は課によって違うし」
一足先に我に返ったあきが、深成のマウスの横の机を不必要に大きく叩いて言った。
この状況はおかしいぞ、と暗に示したわけだが。
「そういうもんか」
慌てて手を離すでもなく、惟道はそのまま、小さく呟いた。
そしてようやく、ごく自然に手を離す。
深成の手などなく、普通にマウスを操っていただけのような感じだ。
ちらりと、あきは上座を窺った。
そして慌てて目を逸らす。
真砂の射抜くような視線とぶつかったのだ。
幸いにして、射抜かれていたのは惟道だが。
普通は真砂のあの尋常でない鋭い視線を受けたら、寒気を覚えるとか転ぶとか、何かしら反応があるはずなのに、惟道は変わらず能面で深成のPC画面を眺めている。
---あの課長の眼力をものともしないなんて……---
同格の雰囲気を持つ者ならわからないでもないが、惟道にそんな激しい感情は全く感じられない。
というか、惟道に感情があるのか自体が怪しく思える。
---いやでも、この子だって一応人間なんだし。……人間よね?---
間に深成を挟んでいることもあり、あきは結構まじまじと惟道を見た。
額の傷は前髪に隠れているお陰で普通のイケメンくんだ。
肌は色白な部類だろう。
だから余計に、黒い髪と黒い瞳が際立つ。
表情がないので、まさにお人形のようだ。
---ちょっといないほどのイケメンよねぇ---
見れば見るほど引き込まれる。
あまりに美しい目は恐ろしくもあるのだが、妙な魅力も湛えているのだ。
加えてこの神秘的ともいえる独特の雰囲気。
普通の人間にはない新鮮さがある。
あきには捨吉という彼氏がいるのに、どうも気になってしまう。
真砂しか頭にない深成でさえ、ちょっとどうしていいのかわからないように、先ほど掴まれた右手を、意味なく握り締めたりしている。
「えっと、あの、じゃあ保存場所は、またゆいさんに聞いておいてね。入力の仕方は一緒だから」
とりあえず深成がそう言ったとき、ゆいがやって来た。
「惟道く~ん。どう、大分わかった?」
「あっ! ゆいさん、あの、二課のほうの資料の保存場所とか、教えてあげてね」
ここのところ、ゆいが来てくれるとほっとする。
元々興味のある男にはぐいぐい行くゆいなので、この惟道の妙な空気もものともしない。
どれだけ相手が無反応でもぐいぐいと迫れるところは、最早尊敬に値する。
「ああ、サーバー内の二課のところには、こっちからは入れないからね。それじゃ、今日はここから、あたしが引き受けていい?」
にこにこと言うゆいに、深成は大きく頷いた。