小咄
 お昼ご飯は、惟道はいつもコンビニに行く。
 そこをゆいに掻っ攫われて、どこぞに食べに行くこともあるようだ。
 最近はもっぱら、それが主流になっている。
 が、今日いつものようにコンビニに行こうとしていた惟道は、別の女性に掻っ攫われた。

「あらら? あれは確か、秘書課の子だわね」

 ブースでお弁当を広げながら、あきが言う。
 そこに、だだだーっとゆいが走って来た。

「こ、惟道くんはっ?」

「さっき秘書課の子と出て行ったよ。外で食べるんじゃない?」

「なっなぁんですってぇ?」

 きーっと鬼の形相になって、だーっと駆け出していく。

「……まぁゆいちゃんも、買いに行かないといけないんだろうけどさ」

 まさか秘書課の子から惟道を取り返しに行ったわけではあるまい。
 単にお昼を買いに行っただけだろう。
 ……多分。

「そだね。ゆいさん、惟道くんと付き合ってるんだろうし」

「それなんだけどさぁ……。ほんとにそう思う?」

 あきが、フォークをウインナーに突き刺しながら、ちょっと渋い顔をした。

「だって……」

 深成が若干赤くなりながら言うと、あきは、ちちち、とウインナーつきのフォークを振って見せる。

「あれだけでは、付き合ってるわけではないかもよ?」

「ええっ」

「そんな驚くようなことじゃないよ。それとこれとは別って人もいるんだし」

「えええっ! だってそんなの、好きじゃない人とできないよ」

「もちろん、好きは好きなのよ。商売じゃないんだし。ゆいちゃんは結構あからさまに惟道くんを気に入ってたしね。あんまり気持ちを隠すってことしないから、惟道くんも気付いてたんじゃない?」

 自分で言いながら、いや、それはどうだろう、とあきは自分に突っ込んだ。
 あの惟道が、そういう空気を読むだろうか。
 自分に感情がないだけでなく、人の感情にも疎そうだ。

「でも付き合ってるかはまた別でしょ? 好きだったら、付き合ってなくてもやるかもよ?」

「ええええ~~~? う~~ん……」

 眉をハの字に下げて、深成が唸る。
 ちょっと目尻を下げ、あきは声を潜めた。

「深成ちゃんだって、課長のこと大好きでしょ。でも付き合ってないときに誘われたらどうする?」

「ええっ! そ、そんなの嫌だ……けど」

 そういうことは、きちんと付き合った上でやるものだ。
 身体だけの関係など、いけないことである、というのが深成の考えだ。
 が、考えてみれば、付き合う前から真砂には、それっぽいことをされてきてないか?

「う……で、でも……。いつからって、わかんないものかもしれないし……」

 ごにょごにょ言う深成を、あきは目尻を下げたまま、じぃ~っと眺めた。

---てことは、深成ちゃんは結構前から課長にそういうことされてきてたってことか。まぁあの課長が、そうそう我慢はしないだろうけど。でも意外だわ~~---

 あきの妄想はどこまでも突き進んでいく。
 あながち外れていないのだが、少し真砂が気の毒でもある。
 真砂にしては、かなり我慢してきたのだから。

「で、でもさ、その、最後までやるんだったら、ちゃんとお互い好きでないとって思わない?」

「うん。だからこそね、あの、ゆいちゃんの浮かれっぷりが、ちょっと……」

「?」

「ゆいちゃんは、もう付き合ってるつもりなのかもしれないけど、惟道くんは、そうじゃないかも」

「そんなの酷いじゃんっ」

 ばん、と深成が机を叩く。

「でも、こればっかりはねぇ。多分間違いなく誘ったのはゆいちゃんだと思うし、男の子はまぁ……言ってしまえば欲望だけでできるからね。一概に惟道くんが酷い、とは言えないんじゃないかな」

「そ、そう……なのかなぁ」

 そういう大人な事情は、深成の中にはないことなので、よくわからない。
 そんな話をしているうちに、ゆいが帰って来た。

「う~……。見つけられなかったわ」

 悔しそうに言いながら、買ってきたパンを頬張る。

「ねぇゆいちゃん。惟道くんを、どう誘ったの?」

 結構な直球を投げると、ゆいは、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
 自ら『モノにした』と報告するゆいだ。
 聞いて欲しいに違いない。

「気になる? ほら、あの子ってちょっと鈍そうじゃない。だからもう、直球よ。飲みに誘って、その帰りに家にお持ち帰りしちゃった」

「え、なぁんだ、それだけかぁ。びっくりしたぁ」

 あはは、と深成が笑うが、じろ、とゆいに睨まれる。

「何よ、それだけって」

「だって飲み会の帰りにお家に行っただけでしょ? 惟道くんが潰れちゃったの?」

「何言ってんのよ。家に行くってこと自体が、そういうことじゃない」

 訝しげに言うゆいに、深成はきょとんとした。
 あきの目尻が再び下がる。

「だって、お家に行ったって普通にお泊りするだけじゃん。お友達なんだし」

「馬鹿ね。いい歳した大人が男女でお泊りして、何もないわけないでしょ」

 ぽかーん、と深成が阿呆面を晒す。
 思いもかけないことを聞いた、という顔だ。

「お泊りOKってことは、やるのもOKってことよ。当然じゃない、子供じゃないんだから」

「ええええっ! だ、だってほら、事情があるかもじゃんっ。雨で帰れなくなったとか、それこそ酔い潰れて帰れないとか」

「それでも異性のお家に行くってことが、そういうことに直結するってことぐらい、いくらあんたでもわかるでしょ?」

 冷めた目でゆいに言われ、深成は何も言えなくなる。

「大体お家に誘うってこと自体が、下心ありってことなんだから」

 うふふふ、と笑うゆいの言葉に、がぁん、と深成はショックを受けた。
 一番初めに真砂の家に行ったときは、確か大雨の嵐だった。
 単に深成が雷に怯えていたので家に連れて行ってくれたのだと思っていたが、真砂はそういう下心ありだったのか。

 というか、普通は少なくとも嫌いな人間など家に連れて行かないし、ましてあの真砂のこと、好き嫌い以前に、他人を自分の家に上げることなどないだろう。
 深成だからなのだが、はたしてそれが下心故か、と言われると微妙である。
 何せ相手はこの深成だ。
 規格外に幼い深成なので、当時の真砂はそういう気はなかったかもしれないが。
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