小咄
『惟道、ごめんね。まだ仕事中だったりするんじゃないの? こっちは気にしないでいいからね』

 優しげな声のほう(弟のほう)が言った途端、何かしゃらん! と音がした。

『章親は甘いぞ! こりゃ惟道。おぬしはまだまだ世間知らずなのだから、あまりに遊びが過ぎると、この錫杖をもってお仕置きするぞ』

「……何か……苛烈な女性だな」

 ぼそ、と清五郎が言う。
 惟道は携帯を握ったまま黙っているが、向こうが静かになったタイミングで、やっと口を開いた。

「今日は単なる残業だ。上司と一緒故、心配はいらぬ」

『えっ! あ、そうなんだ。ていうか、じゃあまだやっぱりお仕事中だね。もしかして上司って人が、そこにいたりする? わー! ごめんなさい!』

 弟のほうが叫び声を上げた。
 多分電話の向こうで頭も下げているだろう。
 なるほど、確かに心配性でお人よしだ。

『あ、じゃあ切るね! こっちは気にせず、きちんとお仕事こなしてくるんだよー』

 じゃあね~、という声と共に、ぷち、と通話が切れる。
 嵐のような家族だ。

「面白いねぇ。惟道くん、仲良しなんだね」

 深成が笑いながら言う。
 惟道が顔を上げた。

「仲良し?」

「だって笑ってる」

 思わぬ指摘に、惟道はまた、驚いた顔をした。

「全然表情ないからちょっと怖かったけど、そんな風にしてると安心する。もうちょっと、思ってること顔に出したほうがいいよ? 折角の綺麗な顔が勿体ない」

 にこにこと無邪気に言う深成を、惟道は不思議そうに見る。
 よく考えると失礼なことを言っているかもしれないが、言われた惟道は意外そうな顔を向けるだけだ。

 その様子を、真砂は内心穏やかでない気持ちで眺めていた。
 何となく同じようなことを言われる気持ちがわかるだけに、惟道の心の動きも何となくわかる。

 深成の、この無防備に相手の心にするりと入る能力は危険だ。
 特にこういう、自分と似たタイプには。

---馬鹿野郎が。お前こそ思ったことをぺらぺら相手に言うんじゃねぇよ。褒めるのは俺だけにしろっての---

 ぶつぶつと心の中で文句を垂れる。
 自分と似たタイプということは、単純に考えれば深成の好みでもあるわけで。

「顔に出す……というのは難しいが。なるほど、そなたと話していると、ちょっとできそうな気がする」

 ふ、と惟道の口元に笑みが浮かぶ。
 おお、と深成だけでなく、あきもその表情に目を奪われた。

「あ~、でも、ただでさえ人気なのに、そんな風に笑われると、それこそ皆で取り合いになっちゃうかも。清五郎課長が大変?」

 目を奪われた、といっても、深成の場合は心までは奪われないようだ。
 すぐに視線を清五郎に移し、冗談交じりに言う。

「そうだなぁ。まぁ、惟道自身が面倒臭くなけりゃいいんだが。ただやっぱり、ある程度は節度を持ってくれよ」

 苦笑いを浮かべ、清五郎が言う。
 惟道が自ら手当たり次第に声をかけているわけではなく、完全受け身な分、仕方ない部分もあるので、なかなか注意もしづらいのだが。
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