小咄
「惟道も、誰か一人に的を絞ったらどうだ?」

 提案してみると、惟道はあっさりと頷いた。

「では、そなたでは?」

 あろうことか、深成に言う。
 ぎょ、と皆が目を剥き、真砂は持っていたファイルを落とした。

「びっくりしたぁ。それは無理だよ~。わらわには彼氏がいるもん」

 凍り付いた空気を一人感じていない深成が、軽く断る。
 真砂はファイルを拾いながら、密かに大きく息を吐いた。
 清五郎が、こちらも密かに笑いを噛み殺す。

「ああ……痣の相手か」

「だああぁぁぁっ! だ、だからそういうことを言うなって!」

「だが痣をつけたとあっても、別にそれが恋人だ、とは言えないのでは?」

「それは惟道くんだけだよーっ!」

 黙ってくれー! と心の中で叫びながら、深成はわたわたと惟道を遮る。
 清五郎が、にやにやしつつ背を向けている真砂と焦っている深成を見比べた。

「まぁ、そなたがその者のことを好きなのであれば、仕方ないか」

「そうっ! そうなの! だからわらわは無理なのっ!」

 これでこの話は終わり! と思った深成だが、ちらりと惟道が視線を上げた。

「が、心が動くこともあろう?」

 ずい、と惟道が前に出る。
 おや、とあきが目を見開いた。

 この惟道がこんなに迫るとは。
 が、深成は自信満々に胸を張った。

「ない」

「そなたがそうでも、相手に捨てられることもある」

 ずばんと心を抉る惟道に、深成の口がへの字に曲がった。
 無意識に視線は真砂に向いてしまう。

「ないもんっ!」

 少し前の、真砂の浮気疑惑(実際は全然疑惑もなかったのだが)の後遺症がまだあるようだ。
 あのときのことを思い出してしまい、深成は泣き声になった。

「ほ、ほら。惟道くんもさ、ちょっと女の子の気持ちを考えるようにしないとね。相手を悲しませちゃ、動く心も動かなくなるよ?」

 あきが慌てて仲裁に入る。

「それに、深成ちゃんは無理だよ。他にいっぱいいるでしょ?」

「ならそなたはどうだ?」

 相変わらずあっさりと、惟道はあきに乗り換える。

「ちょっと、そんなにあっさり乗り換えられちゃ、ほんとに誰でもいいのかと思うわよ」

 あまりの乗り換えの速さに、さすがにあきも口を尖らす。
 だが惟道は、ちらりと深成を見た。

「この者以外で誰か選べ、と言われたら、そなたになる。他の者は大して知らぬし」

「そりゃ、ある程度知っておいたほうがいいだろうけどさぁ。それを言うならゆいちゃんでもいいじゃない」

「あの者よりも、そなたがいい」

 おお! とあきは、先の失礼発言などすっかり忘れて惟道に見入る。
 このイケメンに、『そなたがいい』とか言われたら、深成のような特殊脳でない限りはダイ○ン並みの物凄い吸引力で、心を持っていかれてしまう。

「え、えっとぉ。そ、そんなこと、いきなり言われてもなぁ……」

 赤くなってもじもじと言うあきの袖を、深成が引いた。

「あきちゃん、何言ってるの」

「いやぁ、だってさぁ~」

 まんざらでもないように、あきはぽりぽりと頬を掻く。
 あんちゃんっ! ピンチだよー! と心の中で出張中の捨吉に叫ぶが、ふと深成は我に返った。

 もしかして、あきたちは上手くいってないのかもしれない。
 付き合っていることは知っているが、どういう付き合いをしているかまでは聞いていないし、ここ最近捨吉は出張続きで姿を見ていない。
 社外で会ったりしているのかもしれないが、危機であっても相談されない限りはわからないだろう。

---そ、そうだったの? それならしょうがないのかな……---

 清五郎も微妙な表情であきを見ている。

「や、で、でもあたしも一応、彼氏いるのよね」

「そうなのか」

 やはり惟道はあっさりと引き下がる。
 それはそれで残念だ。

「ま、まぁ別に、ここで選ばないといかんわけでもあるまい。大学生なんだったら、いくらでも出会いはあるだろうし、そう焦ることもないぞ」

 変な空気になったところを、清五郎がフォローを入れて、その場は何とか事なきを得た(……のか?)。
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