小咄
 さてそんなこんなで次の日、深成はブースで入力を終えた資料をファイリングしていた。
 そこに、惟道がやってくる。

「これは置いておくものか?」

「あ、うん。ハンコが押されてるのは大事だから、これみたいにファイリングしちゃって」

「結構あるようなんだが……」

 ちら、と自席のほうを見て言う惟道に、深成は立ち上がった。
 見てみると、惟道の席とゆいの席の間に段ボールがある。

「ん~? あれって惟道くんが来る前からあるよ?」

「あの女子が溜めていたらしい」

 ゆいは整理整頓が苦手なようで、机の上も結構ぐちゃぐちゃだ。
 忙しさに甘えて、ファイリングなど一切しなかったのだろう。
 それでも一応段ボール一箱しかないということは、羽月辺りがちょこちょこやっていたからだ。

「じゃあやっちゃおうか。昨日資料室も結構空けたし、ファイルも余ってる」

 そう言って、段ボールを引き摺ってブースに入った。
 丁度そこに、あきが顔を出した。

「深成ちゃん。悪いけど、これもさっきのと一緒に綴じておいて」

「あ、はーい」

 深成に資料を渡したあきに、惟道が目を向けた。

「今日、何か予定はあるか?」

「えっ?」

「飯にでも行かぬか?」

 ぎょ、と見る深成の目を気にするでもなく、惟道はあきを誘う。
 今まで誘われることはあっても、自ら誘うことなどなかった惟道だけに、あきも驚いている。

「ええっと……。そうねぇ、うん、いいよ」

 驚きつつも、あきは了承した。
 おいおい、いいのか、と深成は一人で落ち着かなくなる。

「じゃあ後で」

 そう言って出て行くあきを、深成は複雑な気持ちで眺めた。
 次いで惟道に目を移す。

「ね、惟道くんは、あきちゃんに決めたの?」

 聞いてみると、惟道は少しだけ首を傾げた。

「そなたは無理だと皆言うし。俺も皆のように、誰ぞ決めたほうがいいのかと思って」

「う~ん、まぁ確かに、決めることには賛成だけど」

 いいのかなぁ、と思いつつも、あまり人のことに首を突っ込むのも気が引ける。
 そのまま時間は過ぎ、定時のチャイムと共に、あきはとっとと荷物をまとめて上がってしまった。
 しばらくしてから、惟道もフロアを出て行く。

「いいのかなぁ~」

 首を突っ込むべきではないと思っても、やはり気になる。
 自席でPCを前に、深成は一人で呟いた。

「何だ?」

 上座から真砂が声をかける。
 言いふらしていい内容ではないため、深成はきょろ、と周りを見渡した。

 千代がいるが、千代になら聞かれてもいいだろう。
 有効なアドバイスをくれるかもしれない。

「あきちゃんがさぁ、惟道くんとご飯に行っちゃった」

「へぇ。まぁ飯ぐらい、いいんじゃないか」

「そう?」

 深成が、意味ありげな目で真砂を見る。
 自分が他の男と二人で食事に行ってもいいのか、と聞きたいところだ。

「お前だって捨吉と二人でよく飯食いに行くだろ」

 さらっと流される。
 そういえば、と、深成も納得した。
 だが。

「あんちゃんとあきちゃんが付き合ってからは、どうしてもっていう用事がないと行ってないもん」

 そもそも深成は捨吉以外とはご飯に行ったこともない。
 元から捨吉とは行きやすい、というのもあるし、真砂と付き合ってからは、それ以外は真砂が怒る、というのもある。

「千代はどう思う?」

 聞いてみると、千代も軽く、別にいいんじゃない、と流した。

「でもちょっと珍しいね。あきなんて、そんなあの子と仲良かったっけ?」

「惟道くんが誘ったんだよ?」

「へー。こりゃまた珍しい。どういうつもりだろう」

 ちょっと興味をそそられたように言う。

「そうでしょ? 昨日惟道くん、あきちゃんに興味示してたし。本気であきちゃんを落としにかかると、ちょっとヤバくない?」

「うーん、どうだろう。あきは結構ずばんと断れないタイプかもだしねぇ。強引に迫られたら、拒み切れないかもね」

「あいつがそんな、強引に行くかなぁ」

 真砂が怪訝な表情で口を挟む。
 あの何事にも興味のなさそうな惟道が、そんなぐいぐい行くだろうか。
 確かに想像できない。

「んでも、そういう子が自らあきちゃんを誘ったってこと自体が、本気なのかもじゃん」

「そうだが……。まぁそれで落ちても、捨吉と別れりゃいい話だしな」

「課長、冷たい~」

 きゃんきゃん言っていると、かちゃ、とフロアのドアが開いた。

「ただいま帰りました~」

 キャリーバッグを引き摺って、捨吉が入ってくる。
 その後ろから、ゆいも入って来た。

「じゃあ捨吉くん、後でね」

 ゆいが捨吉に言い、そのまま一課を通り過ぎて二課に行く。
 ゆいは外回りだったらしい。

「あ、あんちゃん。直帰しなかったの? わざわざ会社に帰って来たんだ」

 何となく気まずく思う気持ちを隠しつつ、深成は捨吉に声をかけた。
 そんな空気に気付くこともなく、捨吉は席に着くと、鞄の中から大きな箱を取り出した。

「深成がまだいてよかった。はい、お土産。持って帰るのも面倒だったしさ~」

「あ、うわーい。ありがとう~」

 差し出された銘菓の包装紙を、早速ばりばり開ける。

「深成はほんと、嬉しそうにしてくれるから、こっちもあげ甲斐があるよね~」

「あんちゃん、今からお仕事なの?」

 お土産を分けながら、深成が不思議そうに言う。
 すでに定時を回っている。

「出張の報告書だけだよ。今日はゆいさんに誘われてるし」

「ええっ!」

 お互い別の人に誘われて、しかもそれに乗ってるし~! と驚き、必要以上にでかい声を出してしまった深成を、捨吉は妙な目で見た。

「どうかした?」

「や、い、意外だな、と思って」

 怪しく目を泳がせながら言う。
 あからさまに挙動不審な深成を変な目で見つつ、捨吉は報告書を作り上げると、それを印刷して真砂に提出した。

「じゃあお先に失礼しますね」

「ああ。ご苦労だった」

 真砂に頭を下げ、次いで捨吉は二課のほうに目をやった。
 こちらを窺っていたゆいが頷き、荷物をまとめる。
 捨吉がフロアを出て行ったすぐ後、ゆいも出て行った。

「いいのかなぁ~」

 同じ言葉を繰り返し、深成は捨吉からのお土産の、大きな饅頭の包みを開けた。

「まぁ本人らがお互いいいのであれば、こっちが何言うもんでもないよ。ていうか、あんた今それ食べるの?」

 千代がでかい饅頭にかぶりつく深成を、呆れた目で見ながら言う。

「だってお腹空いてるもん」

「今食べて、夕飯食べられるの?」

「平気~」

 甘いものは心を癒す。
 千代の言うことももっともであり、饅頭を食べている間に、深成の心配事は、あまり気にならなくなった。
< 477 / 497 >

この作品をシェア

pagetop