小咄
その日はたっぷり残業だったので、帰りは真砂と一緒だった。
「えへへ。一緒に帰るのも悪くないね」
隣を歩きながら、深成がにこにこと言う。
元々方向は同じだったので、誰に見られてもおかしいことはない。
最寄り駅まで同じ人は、そういないのだし。
「遅くなったし、飯食って帰るか」
「そだね。お腹ぺこぺこではないけど」
「お前は饅頭食ったからな」
ちなみに真砂の分の饅頭は、深成が貰っている。
「あ! そだ、久しぶりに片桐さんのお店に行こうよ!」
少し真砂が渋面になる。
あまりいい思い出の場所ではないのだが。
「あそこのご飯は美味しいよ。片桐さん、好みを考えて作ってくれるから、ほんとに何でも美味しいんだ。真砂、食べたことないでしょ?」
真砂の浮気疑惑(だから浮気でも何でもないのだが)の後、深成が散々お世話になった片桐のところには、二人で一度挨拶に行ったが、挨拶だけですぐに帰った。
あれからも深成はたまにあきとランチに行っているが、真砂は食事には行ったことがないのだ。
「片桐さんは楽しい人だけど、あの人だったら真砂も心配じゃないでしょ」
「……まぁ……そうかな」
オネェであり既婚者である、ということは、普通に考えれば二重の安心がある。
細かく言ってしまえば、オネェでも男が好きとは限らないし(現に片桐はちゃんと女子と結婚している)既婚者だからといって他に絶対手を出さないとも限らないのだが。
「あそこだったら近いしね」
この遅い時間に店を探してうろうろするのも面倒だ。
二人は連れ立って片桐の店に向かった。
「あら子兎ちゃん。いらっしゃ~い」
からん、と軽いベルの音と共にドアを開けると、カウンターの奥から片桐が声をかけてきた。
「こんばんは~。片桐さん、今日は真砂と……ととと、わわわっ?」
先に店に入った深成の声が宙に浮く。
店の奥にいるのは捨吉と惟道ではないか。
「あらもしかして、こちらと待ち合わせ?」
「ううん、違うけど」
微妙に焦りながら、深成が視線を泳がせる。
捨吉は深成と真砂のことは知っていると思うのだが、惟道はそこまで知らないはずだ。
この目についたことを考えることなく口にする男のこと、いつ何時このことを会社で口にするかわからない。
「わらわたちは残業で遅くなったから、ご飯食べて帰るだけ。ねっ課長っ!」
早口で言い、必要以上に最後の『課長』部分で声を張る。
ちょっと片桐が妙な顔をした。
「なぁに子兎ちゃん。まさかまた喧嘩中?」
「いやいやいやいや……。あのほら、ね」
挙動不審になりながらも、深成は必死で視線を惟道に向け、片桐に訴えかけた。
鋭い片桐はすぐに気付いたようだ。
ああ、そういうこと、と小さく呟いた。
「んでもあんちゃん、どうしたの? ゆいさんと飲みに行ってたんじゃないの? 何で惟道くんと?」
やっと落ち着き、捨吉の横のカウンター席に座りながら、深成が聞く。
ゆいとフロアを出て行ったし、惟道は大分前にあきと食事に行ったはずだ。
なのに何故ここに、捨吉と惟道という取り合わせでいるのだろう。
「いや、元々あきちゃんたちと合流する予定だったんだよ」
「えっ?」
深成が目を見開く。
次いで、大きく息を吐いた。
「なぁんだぁ~~。よかったぁ~~~」
へにゃへにゃとカウンターに突っ伏し、深成は心底から安堵した。
「何、どうしたのさ」
「だって、あきちゃんが惟道くんと食事に行っちゃうしさぁ。わらわ、てっきりあんちゃんたち危機なのかと思って、気が気じゃなかったんだよ~」
「何だ、そんなことかぁ。大丈夫だよ」
ははは、と屈託なく笑う捨吉だが、惟道は思い切りあきに興味を示していたのではなかったか。
ちろ、と捨吉の向こうの惟道を見ると、じ、とこちらを見ている。
正確には深成を通り越して、その向こうの真砂を見ているようだが。
「えーと。課長、何にします?」
内心ひやひやものだ。
そう鋭そうでもないが、あの漆黒の目は何もかも見抜いてしまいそうで落ち着かない。
不自然なほど他人行儀に、深成は真砂にドリンクメニューを渡した。
「お兄さん、好き嫌いはある?」
笑いを噛み殺しながら、片桐が真砂に聞く。
こういう場面では、つくづく片桐の店でよかったと思う。
変に二人で喋るとぼろが出そうだが(特に深成は)、片桐は事情を察した上で、程よく話を振ってくれる。
万が一バレそうになっても、フォローしてくれるだろう。
「えへへ。一緒に帰るのも悪くないね」
隣を歩きながら、深成がにこにこと言う。
元々方向は同じだったので、誰に見られてもおかしいことはない。
最寄り駅まで同じ人は、そういないのだし。
「遅くなったし、飯食って帰るか」
「そだね。お腹ぺこぺこではないけど」
「お前は饅頭食ったからな」
ちなみに真砂の分の饅頭は、深成が貰っている。
「あ! そだ、久しぶりに片桐さんのお店に行こうよ!」
少し真砂が渋面になる。
あまりいい思い出の場所ではないのだが。
「あそこのご飯は美味しいよ。片桐さん、好みを考えて作ってくれるから、ほんとに何でも美味しいんだ。真砂、食べたことないでしょ?」
真砂の浮気疑惑(だから浮気でも何でもないのだが)の後、深成が散々お世話になった片桐のところには、二人で一度挨拶に行ったが、挨拶だけですぐに帰った。
あれからも深成はたまにあきとランチに行っているが、真砂は食事には行ったことがないのだ。
「片桐さんは楽しい人だけど、あの人だったら真砂も心配じゃないでしょ」
「……まぁ……そうかな」
オネェであり既婚者である、ということは、普通に考えれば二重の安心がある。
細かく言ってしまえば、オネェでも男が好きとは限らないし(現に片桐はちゃんと女子と結婚している)既婚者だからといって他に絶対手を出さないとも限らないのだが。
「あそこだったら近いしね」
この遅い時間に店を探してうろうろするのも面倒だ。
二人は連れ立って片桐の店に向かった。
「あら子兎ちゃん。いらっしゃ~い」
からん、と軽いベルの音と共にドアを開けると、カウンターの奥から片桐が声をかけてきた。
「こんばんは~。片桐さん、今日は真砂と……ととと、わわわっ?」
先に店に入った深成の声が宙に浮く。
店の奥にいるのは捨吉と惟道ではないか。
「あらもしかして、こちらと待ち合わせ?」
「ううん、違うけど」
微妙に焦りながら、深成が視線を泳がせる。
捨吉は深成と真砂のことは知っていると思うのだが、惟道はそこまで知らないはずだ。
この目についたことを考えることなく口にする男のこと、いつ何時このことを会社で口にするかわからない。
「わらわたちは残業で遅くなったから、ご飯食べて帰るだけ。ねっ課長っ!」
早口で言い、必要以上に最後の『課長』部分で声を張る。
ちょっと片桐が妙な顔をした。
「なぁに子兎ちゃん。まさかまた喧嘩中?」
「いやいやいやいや……。あのほら、ね」
挙動不審になりながらも、深成は必死で視線を惟道に向け、片桐に訴えかけた。
鋭い片桐はすぐに気付いたようだ。
ああ、そういうこと、と小さく呟いた。
「んでもあんちゃん、どうしたの? ゆいさんと飲みに行ってたんじゃないの? 何で惟道くんと?」
やっと落ち着き、捨吉の横のカウンター席に座りながら、深成が聞く。
ゆいとフロアを出て行ったし、惟道は大分前にあきと食事に行ったはずだ。
なのに何故ここに、捨吉と惟道という取り合わせでいるのだろう。
「いや、元々あきちゃんたちと合流する予定だったんだよ」
「えっ?」
深成が目を見開く。
次いで、大きく息を吐いた。
「なぁんだぁ~~。よかったぁ~~~」
へにゃへにゃとカウンターに突っ伏し、深成は心底から安堵した。
「何、どうしたのさ」
「だって、あきちゃんが惟道くんと食事に行っちゃうしさぁ。わらわ、てっきりあんちゃんたち危機なのかと思って、気が気じゃなかったんだよ~」
「何だ、そんなことかぁ。大丈夫だよ」
ははは、と屈託なく笑う捨吉だが、惟道は思い切りあきに興味を示していたのではなかったか。
ちろ、と捨吉の向こうの惟道を見ると、じ、とこちらを見ている。
正確には深成を通り越して、その向こうの真砂を見ているようだが。
「えーと。課長、何にします?」
内心ひやひやものだ。
そう鋭そうでもないが、あの漆黒の目は何もかも見抜いてしまいそうで落ち着かない。
不自然なほど他人行儀に、深成は真砂にドリンクメニューを渡した。
「お兄さん、好き嫌いはある?」
笑いを噛み殺しながら、片桐が真砂に聞く。
こういう場面では、つくづく片桐の店でよかったと思う。
変に二人で喋るとぼろが出そうだが(特に深成は)、片桐は事情を察した上で、程よく話を振ってくれる。
万が一バレそうになっても、フォローしてくれるだろう。