小咄
「で、あきちゃんのところは、そうじゃないのよ。ここは歳も近いし、お友達感覚のほうが上手くいくんじゃないかしら? まぁ性格にもよるんだけども、立ち位置が一緒というか、子兎ちゃんとこみたいに、明らかなる立場の違いもない分、全面的に頼れないというか。こう言っちゃうと聞こえが悪いけどさ、対等な関係ってことよ」
それはそれで、いいんじゃないの、と捨吉の頭を撫でながら言う片桐を、惟道は黙って見つめた。
「なるほど。いろいろな関係があり、各々それで満足している、ということか。あなたの言う、その違いというのは、俺の感じる気と同じなのであろうな。確かにそういう風に考えれば、章親と宮も、気の強さから考えるとアンバランスだが、宮の強い気を章親が受け止めているようだ。章親の人となりを考えると、なるほど自ら業火のような気は放たんな」
何だか惟道は、他人のことを考える場合、章親という人物を引き合いに出さないとわからないようだ。
一番親しい他人、ということだろうか。
---ていうか、この惟道くんが好いてるっぽい人だよね---
女だとか男だとか以前に、自分もひっくるめた周りのもの全てに興味がなさそうな惟道が、唯一その存在を認める人ということだろうか。
電話を聞いた感じだと、単に『いい人』という印象だったが。
「ねぇ、その章親っていうのは誰? あなたの家族?」
片桐も同じことを思ったらしい。
「一つの家で暮らすのが家族というのならそうだ」
簡潔な惟道の答えに、深成がこそりと事情を説明した。
といっても深成も章親なる人物のことは知らない。
「一つ上って言ってた? で、その上にお姉さんがいるんだよね? さっきの人だよね」
深成が言うと、こくりと惟道が頷いた。
そして、ちらりと時計を見る。
さっきの電話で、帰りが遅いのを叱られたのを思い出したようだ。
「そろそろ帰らねば、姉の雷が落ちる」
「え、遅いといっても、まだ十時前だけど」
捨吉たちは会社を出るのが早かったので、実際はまだそんな遅くはないのだ。
「家人に心配はかけたくないのでな」
そう言って立ち上がる。
「意外といい子ね。ふふ、お代はいいわよ。君、トマトジュースしか飲んでないしね」
にこにこと言う片桐に軽く頭を下げ、惟道は店を出て行った。
誰ともなく、大きく息を吐く。
何となく、空気が一気に緩んだ感じだ。
「結局惟道くんにとって、一番大事なのはお家の人なんだね」
「ていうか、章親って人だよね。お姉さんもそんな感じ。何だかんだで、お姉さんも弟さんがどうのって事あるごとに言ってたし」
よほどいい人なのだろう。
感心していると、真砂がぼそ、と口を開いた。
「それだけじゃないだろうがな」
「ん? だって前の電話でも、いい人だってのはわかったじゃん? あれだけ自分のこと心配して気にかけてくれてると、やっぱり惟道くんでも心開くのかもよ」
「ひたすらいい人ってのは、言い方を変えれば単なるお人よしってことだ。それだけの奴に、そんな魅力はないぞ」
「そう? いい人であるに越したことはないんじゃない? あんちゃんだっていい人じゃん」
「捨吉がひたすらいい人だけの奴だったら、俺は切り捨ててるがな」
ひぃ、と深成は青くなるが、捨吉は苦笑いしながら頷いた。
「そうですねぇ……。難しいけど、うん、いい人ってのも限度がありますもんね」
そしてきょとんとしている深成に顔を向ける。
「何て言うのかな、いいように使われる人、とも言えるんだよ。雑用ばっかり任されたりね。人の雑用も引き受けて、結果的に自分の仕事がおぼつかなくなりがちというか。皆が皆そうじゃないけど、『人がいいだけ』っていうのは、要領が悪い、とも言えるところもあるんじゃないかな」
度を越したお人よしというのは、よいことではないのだ。
自分のことも上手く捌けた上でのいい人であらねば意味がない。
「あいつだって、そんなできない奴に懐くような奴じゃないだろ」
まして人の気を読む惟道だ。
そのような者、瞬時に見抜くのではないか。
「奴の家人には、もっと何か、うーん、温かいものっていうのかな、が、あるんじゃないか?」
「あ! それかも! うん、確かに何か、ほんわかした雰囲気が、電話からも伝わってきた」
相当騒がしかったが、漂う雰囲気は温かい。
あの短い間で(しかも電話越し)感じ取れるなど、ちょっとない。
それはそれで、いいんじゃないの、と捨吉の頭を撫でながら言う片桐を、惟道は黙って見つめた。
「なるほど。いろいろな関係があり、各々それで満足している、ということか。あなたの言う、その違いというのは、俺の感じる気と同じなのであろうな。確かにそういう風に考えれば、章親と宮も、気の強さから考えるとアンバランスだが、宮の強い気を章親が受け止めているようだ。章親の人となりを考えると、なるほど自ら業火のような気は放たんな」
何だか惟道は、他人のことを考える場合、章親という人物を引き合いに出さないとわからないようだ。
一番親しい他人、ということだろうか。
---ていうか、この惟道くんが好いてるっぽい人だよね---
女だとか男だとか以前に、自分もひっくるめた周りのもの全てに興味がなさそうな惟道が、唯一その存在を認める人ということだろうか。
電話を聞いた感じだと、単に『いい人』という印象だったが。
「ねぇ、その章親っていうのは誰? あなたの家族?」
片桐も同じことを思ったらしい。
「一つの家で暮らすのが家族というのならそうだ」
簡潔な惟道の答えに、深成がこそりと事情を説明した。
といっても深成も章親なる人物のことは知らない。
「一つ上って言ってた? で、その上にお姉さんがいるんだよね? さっきの人だよね」
深成が言うと、こくりと惟道が頷いた。
そして、ちらりと時計を見る。
さっきの電話で、帰りが遅いのを叱られたのを思い出したようだ。
「そろそろ帰らねば、姉の雷が落ちる」
「え、遅いといっても、まだ十時前だけど」
捨吉たちは会社を出るのが早かったので、実際はまだそんな遅くはないのだ。
「家人に心配はかけたくないのでな」
そう言って立ち上がる。
「意外といい子ね。ふふ、お代はいいわよ。君、トマトジュースしか飲んでないしね」
にこにこと言う片桐に軽く頭を下げ、惟道は店を出て行った。
誰ともなく、大きく息を吐く。
何となく、空気が一気に緩んだ感じだ。
「結局惟道くんにとって、一番大事なのはお家の人なんだね」
「ていうか、章親って人だよね。お姉さんもそんな感じ。何だかんだで、お姉さんも弟さんがどうのって事あるごとに言ってたし」
よほどいい人なのだろう。
感心していると、真砂がぼそ、と口を開いた。
「それだけじゃないだろうがな」
「ん? だって前の電話でも、いい人だってのはわかったじゃん? あれだけ自分のこと心配して気にかけてくれてると、やっぱり惟道くんでも心開くのかもよ」
「ひたすらいい人ってのは、言い方を変えれば単なるお人よしってことだ。それだけの奴に、そんな魅力はないぞ」
「そう? いい人であるに越したことはないんじゃない? あんちゃんだっていい人じゃん」
「捨吉がひたすらいい人だけの奴だったら、俺は切り捨ててるがな」
ひぃ、と深成は青くなるが、捨吉は苦笑いしながら頷いた。
「そうですねぇ……。難しいけど、うん、いい人ってのも限度がありますもんね」
そしてきょとんとしている深成に顔を向ける。
「何て言うのかな、いいように使われる人、とも言えるんだよ。雑用ばっかり任されたりね。人の雑用も引き受けて、結果的に自分の仕事がおぼつかなくなりがちというか。皆が皆そうじゃないけど、『人がいいだけ』っていうのは、要領が悪い、とも言えるところもあるんじゃないかな」
度を越したお人よしというのは、よいことではないのだ。
自分のことも上手く捌けた上でのいい人であらねば意味がない。
「あいつだって、そんなできない奴に懐くような奴じゃないだろ」
まして人の気を読む惟道だ。
そのような者、瞬時に見抜くのではないか。
「奴の家人には、もっと何か、うーん、温かいものっていうのかな、が、あるんじゃないか?」
「あ! それかも! うん、確かに何か、ほんわかした雰囲気が、電話からも伝わってきた」
相当騒がしかったが、漂う雰囲気は温かい。
あの短い間で(しかも電話越し)感じ取れるなど、ちょっとない。