バスボムに、愛を込めて
「おはようございまーす!」
あたしが言うと、ぱっと振り向いた二人。
美人の先輩はすぐに柔らかな笑みで「おはよう」と返してくれたけど、本郷さんの方は一瞬にして笑顔を消し、挨拶すら返さずどこかへ立ち去ろうとしていた。
「どこ行くのよ、本郷くん。せっかく新しいメンバーが来てくれたのに」
「……キムチ臭のしない場所」
……キムチ臭。え、まさかマスクしても突き抜けるほどキョーレツなにおいしてるの? あたし。
それなら本郷さんだけじゃなく、同僚みんなに迷惑かけることになる。なんとかしなくては。
あたしは部屋を出て行こうとする本郷さんの前に、立ちふさがった。
「あ、あの、歯を磨いてきます!」
「……無駄だ。胃からの匂いは防げない」
本郷さんがそう言って、眼鏡を細長い中指でくい、と上げる。
おおう、今ここにスマホかデジカメがあったなら、絶対に写真に納めておきたい仕草のうちのひとつ! ……じゃなくて。あたしは怒られてるんだってば。
「じゃああたし黙ってますから、会話は筆談で!」
「……馬鹿か」
――ズキューン。
い、い、今の……めちゃくちゃ嫌そうな顔で言われた“馬鹿か”。
たまらんですぅ……
「あのう、今のもう一度お願いしても……?」
「は?」
「あ、台詞は違ってもいいです! ただ罵っていただければ!」
“お前みたいな下等なキムチ女が、気安く俺に話しかけるな”――とかでもいいし!
大真面目な顔で言うあたしに対し、本郷さんは眉間にしわを寄せ固まっている。
そして離れた場所からは、クスクスと上品そうな笑い声がした。