HAIJI
目が覚めると、辺りは真っ暗だった。
腹に鈍痛。
口の中は胃液の臭いがする。不味い。
ごみ溜めの中にいるような空気に、全てが夢だったと希望を持つ余裕すらなかった。
ここは、スラムだ。
「起きた!」
真っ暗な中で、突然大きな声が上がり、文字通り飛び上がった。
声の方に視線を向けるが、目が慣れず何も見えない。
まだ幼い少年の声のようだった。
「ササライが起きた!イチイ、ササライが起きたよ!」
少年の声が、俺とは違う方向へ叫んだかと思うと、パタパタと近寄って来る気配。
「ササライ、平気?痛い?」
「……、」
少年が目の前まで来て、ようやく彼の顔を認識する。
10歳に満たないくらいの子供だった。
眉の端を下げ、無垢に俺を心配した表情に、頭に浮かんだ不満を飲み込む。
落ち着く為に、俺はゆっくりと息を吐き出した。
「大丈夫」
少年を安心させるように、小さな頭を撫でる。
出来る限りの笑顔を作ってみたが、口の端はひきつっていることは自分でもわかった。
しかし、少年はホッとしたように息を吐き、「良かった」と笑った。
泣きそうな声だった。
「おはよう。調子はどう?」
そう言って、1人の男が入ってきた。
多分、ここでは“親”と呼ばれている、イチイという男。
思ったよりも若い声だ。
「イチイだ」
イチイは少年の隣に並んだ。
少しずつ目が馴れてきた。
垂れた目のせいか、優しそうな印象で少し驚いた。