地の棺(完)
開け放たれたままの窓から、生ぬるい風が室内に流れ込む。

僅かに漂う雨の匂い。

外は霧雨が降り始めていた。


そういえば。

深夜、雷鳴の音に混じって、人が争うような声が聞こえた。

あの時聞こえたのは男性の声だったけど、今回の件に関係があるのだろうか?

でもそれは、わたし自身が避けようとしてきた、ここにいる誰かが真紀さんを、という考えに繋がることになってしまいそうで怖い。

思考の渦に飲み込まれかけ、気持ちを切り替えるために頭を左右に振った。

このまま自分の部屋に戻ろうか、それとも……

部屋に一人でいたら、延々と同じ事を考え続けてしまいそうな気がする。

それよりも誰かの側にいたかった。

千代子さんの手伝いを、いや、多恵さんの手伝いの方がいいのかな。

なんて迷っていると、階段を大きな長方形の木の板を抱えた千代子さんが上ってきた。

窓の穴を塞ぐためのものだろう。

慌てて手を貸そうと駆け寄ると、


「大丈夫です。一人でできますから」


千代子さんからきっぱりと拒否されてしまった。

多恵さんが「千代子さんは自分の仕事に手を出されるのを嫌がる」と言っていたのを思い出し、差し出していた手をひっこめる。

千代子さんは軽く頭をさげ、わたしの横を通り過ぎようとした。

しかし「あっ」と小さな声を漏らしたかと思うと足を止め、少し困ったような顔でわたしの方を振り向く。

一筆書きのような涼やかな瞳が戸惑い揺れている。


「蜜花さん、私、すっかり忘れてました。
二階に来たのは、あなたを呼びに行こうとしていたんです」


「わたしを?」


「はい。奥様がお部屋に来て欲しいとおっしゃられていて……
申し訳ありません。お伝えするのが遅くなってしまいました」


桔梗さんが?


桔梗さんのぞっとするほど冷たい顔を思い出し、嫌な気持ちになった。
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