もう一度、あなたと…
Act.9 今だけでいいの…
リビングに敷かれたマットの上に座った。
何から話そうか迷う私に、ひかるの方が先に謝った…。

「今朝、悪かったな。何も話さなくて…」

バツの悪そうな顔してる。
朝から様子が変だったのを思い出す。それから、会社であった事も……。

「私も…ごめん…」

うな垂れると、ホッとしたような息を吐いて、ひかるは明るい口調になった。

「エリカ、昨夜、急に動かなくなったんだぞ」
「えっ…⁉︎ 」
「焦ったよ。酸欠にでもなったのかと思って。そしたらなんてことない、ただの湯あたりでさ…ベッドに連れてって、ずっと仰いでやってんのに意識戻らなくて。わざとか⁉︎と思うくらいだった」

笑顔でこっちを見てる。
今朝の事情に納得がいって、急に恥ずかしくなった。

「ご…ごめん…ちっとも知らなくて…」
「朝になって眠ったままだったら襲おうかと思ってたのに、ちゃっかり起きて着替えてるし…なんか納得いかなくてさ…」

それで口をきく気にもならず、怒ったように家を出て行ったらしい。

自分の行動を振り返る。
熱いお湯に入ってたのも原因なのかと思うけど、やっぱりあの後の刺激が強すぎた。

「私…あんな事されたの…久しぶりだったから…きっとのぼせたんだと思う…」

太一との最後の夜以来だから、1年以上は経過してるーーー。


「…私が32才の記憶の中で結婚してた相手…あの……杉野太一だったの…」

思いきって話すと、ひかるは驚いた様に目を見開いた。

「私が結婚してた人は、あんなセクハラなんかしなかったよ。部長じゃなくて課長だったし、私に対しては臆病なくらい繊細で神経質な人だった。同じ大学出身で、三年生の時から付き合ってて…卒業と同時に…結婚したの…」

夢だと思ってる世界で語る過去。どちらも夢みたいで、区別がつきにくい…。

「式は直ぐには挙げれなくて、そのうちに…って話してたら、太一の両親が亡くなって。ますます式が挙げにくくなって、結局、挙げないまま10年が過ぎて…離婚したの…」

太一の実家で暮らしてた数年間。私にとっては、重すぎるような毎日だった。

「離婚した後一人暮らし始めて…一ヶ月くらい経った頃、何故だか急にこっちの世界に入ってて…。太一の変わりように驚いてショックが強すぎて、昨日はこっちが現実のように思えたけど…」

じっ…とこっちを見てるひかるを確認する。言いにくいとは思ったけど、やっぱり言わないと…。
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