猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
*猫もまたいで通る姫
マリから知らせを受けたグレースは、足にまとわりつく裾を持ち上げて廊下を走っていた。
薄暗い館内から勢いよく飛び出せば、初秋の澄んだ青空が眩しい。細めた目を何度か瞬かせて慣らすと、館の周囲をぐるりと回る。建物の裏で目当ての人を見つけて、思わず声を上げた。

「母さま!なにをしてるの!?」

地面にしゃがむキャロルに駆け寄り、自分も腰を落とす。すでに指先が土に汚れている彼女の手をとった。

「なにって、見ての通りよ。草むしりをしていたの。ずいぶんと伸びてしまったから」

その証拠に母親の横には雑草の山ができている。ふたつに別れているのはどうしてだろうか。グレースが疑問を口にする前に、母が嬉々として教えてくれた。

「見てちょうだい!チャイブもみつけたのよ。さっそく今夜のお夕食に使いましょうね」

そう言われてみれば、微かだが独特の香りが辺りに漂っている。くんと鼻を鳴らし眉根を寄せた娘の格好をあらためて目にしたキャロルは、丸い顔の乗った首を傾げた。

「貴女こそ、どこかへお出かけ?珍しいわね」

「はっ!そうだったわ。陛下に呼ばれているのよ」

「まあ、それは大変。お待たせしてはいけないわ。早くお行きなさい」

まったく焦りの感じられない口調で言われ、グレースは深くため息をつく。誰のせいで出向くのが遅れていると思っているのか。

「草むしりなんてしなくていいって、何度言ったらわかってくれるの?また腰が痛くなったら大変でしょう?」

「……でも、みんな忙しそうだし」

娘に叱られキャロルがしゅん、と項垂れる。これでは母子が逆転したみたいだ。グレースはすっくと立ち上がり、裾についた土を払う。

「とにかく、館の中でじっとしていてちょうだい。屋内だったら、力仕事以外なにをしていても構わないから」

仮にも、先々代の国王の側室だったキャロルの土にまみれている姿が誰かの目に留まったりしたら、いい笑いものになる。ただでさえ、親子以上に年の差があった老王を誑かした田舎者、王の晩年にできたその子どもは不義の子ではないか、などとさんざん誹謗と中傷に悩まされ続けてきたのだ。悪目立ちして、これ以上惨めな思いをさせたくないし、したくはない。

最大限の譲歩を言い渡して、待たせていた遣いの侍従と共に国王の元へ急いだ。
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