生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

25.生贄姫は旦那さまの幸せを願う。

 見上げた夜空は雲ひとつなく、宝石のように煌めく夏の星座を描いていた。
 日中との気温差が激しいこの季節に羽織りものを持ってこなかったことを少々後悔しつつ、リーリエは黙っているテオドールの隣を歩く。
 沈黙を破ったのは、リーリエだった。

「今夜は月がきれいですね」

 前世では愛してるの和訳だったっけなどと思いを馳せながら、眺める。
 そんなことを囁き合える者同士で夜を渡ったのなら、それはさぞ幸せなことだっただろう。
 前世はもちろん、今世でも縁がなさそうだとリーリエは一人で苦笑した。
 返答のないテオドールの横顔は仏頂面で、不機嫌なことは分かるがそれ以上は読み取れない。
 なので、リーリエはそのまま勝手に話すことにした。

「申し訳ありませんでした。最近の私は少々、浮かれ過ぎてしまっていたようです」

「何に対しての謝罪だ」

 一応口はきいてくれるらしいと分かり、リーリエはほっと息を吐き出す。

「明確に言葉にして欲しいと言われていたのにわざと分かりにくくしました。旦那さまと王太子殿下が仲良しでうらやましかったのです」

「アレのどこにそんな要素があった?」

 心当たりがなく、怪訝そうな視線を落としてきたテオドールの視線を真っ向から受け止めたリーリエは、テオドールの正面に躍り出る。

「私は名前で呼ぶことも許してもらえてないのに、ルゥは旦那さまのこと愛称で呼んでるし、あまつさえ押しかけて旦那さまのことからかっても許されている。兄弟枠見せつけてあいつ絶対楽しんでる! 腹立つわっ~ってなりながらも、いがみ合いつつも実は思い合ってた兄弟設定も嫌いじゃないグッジョブとか思ってる自分もいるわけで。ちょっと調子に乗りました、すみませんでした」

 テオドールを見上げ、ぐっとこぶしを作って捲くし立てたあと、リーリエは深々と謝罪のお辞儀をした。
 よくそれだけ長台詞が出てくるなと思いつつ、話が全く見えないテオドールは頭を抱えたくなる。

「要約してくれ」

「ただの焼もちです。せっかく二人でいるのに、私に他の男の話ばかりさせるから。確かに私はただの政略結婚の相手というだけの存在ですが、これから長い付き合いになるのですからもう少し私に興味を持ってください」

 むぅっと頬を膨らませるリーリエはいつもより子供っぽく、

「ライバルはいつも第1王子。うわぁ~ヤダ、強敵」

 とわざとらしくため息とともに吐き出した。
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