私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
第十章・三条の本懐
風間がサキョウについた日と時を同じくして、ゆりは三条家別宅の庭にいた。
散歩のついでに結を尋ねて立ち寄ったのだが、外から街を眺めたくなり、結と二人で庭に出たのだ。
強風とまではいかないが、冷たい風が坂から吹きつけて、二人は思わず身震いした。
「寒いね」
「だな」
お互いにやりと笑い合い、どちらともなく屋敷の中へ戻ろうとしたとき、不意に結が撥ねだされたように振り返った。
「どうしたの?」
鋭い瞳で柵の向こうを見つめる結に声をかけて、ゆりは同じ方向を見つめたが、特に異変は感じられなかった。
「いや……」と呟きながら、結が怪訝な表情を浮かべて視線を外したときだ。
「結。まだまだ甘いな」
快活なしゃがれ声が辺りに響いて、二人は驚きながらきょろきょろと庭中を見回した。
すると、結が先程見ていた先から、ひょこっと寒そうな頭が顔を出した。
「オヤジ様」
「間空さん」
目を丸くした二人に向って間空は気さくに笑いかけ、次の瞬間、自分の身長より遥かに高い柵をジャンプ一つで越えてきた。
びっくりして間空を見つめてしまったゆりに、間空は威厳がありつつも明るく笑みかける。
「谷中さん、こんにちは。だが、オヤジで良いと言っただろ。遠慮なく呼んでくれ」
「あ、はい。すいません。えっと、オヤジさん」
「ハイ。良く出来た」
そう言って優しく細められた瞳が、どことなく風間に似ていて、ゆりは密かに――ああ、やっぱり親子なんだなと思った。
「オヤジ様。どうしてここに?」
「久しぶりに、ここからの景色が見たくなってな」
結の質問に答えて、間空は大げさに腕をさすった。
「それにしても、外は寒い。二人とも中へ入るぞ」
間空は軽く二人の背を押して、三人は和気藹々とした雰囲気で別宅の中へと入った。