魔法通りの魔法を使わない時計屋さん


 彼が店に現れなくなって、半月ほどが過ぎたある日。
 その日は朝から雨がしとしと降っていて、なんとなく憂鬱だった。

「雨、なかなか止まないね」
「そうね」

 水滴のたくさんついた窓を見上げながらピゲがぼやくと、作業台で銀の懐中時計を見ていたリリカが短く答えた。昨夜、閉店間際に預かった新規のお客さんの時計だ。
 リリカはキズミを外し重く溜息をついた。

「これは、もうダメかも」
「え?」

 その顔が珍しく悲しげに曇っている。まるで今日の空模様のようだ。

「中、錆びだらけ」
「直せないの?」
「元々古いものだからね、代わりの部品がもう無いものもあるわ」
「魔法で……」

 じと、と睨まれてピゲは口をつぐんだ。

「古さで言えば、そっちの金の懐中時計の方が古いけど」

 リリカはあの男の懐中時計の方を見つめてから手元の懐中時計に視線を戻し、また溜息をついた。

「こっちは傷だらけで痛々しいくらい。もう休ませてあげたいな」

 そのときピゲの耳がぴんと立った。

「リリカ、お客さんだよ」

 外に出している傘立てに傘を置く音のした後でカランコロンとベルを鳴らし入ってきたのは。

「いや~、今日は生憎の天気だね」
「あっ」
「あっ」

 帽子とコートを手にした笑顔の彼を見て、リリカとピゲは同時に声を上げた。
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