海とメロンパンと恋
桐悟さんのこと



蝉が煩い木の下で
スーツ姿の桐悟さんは
涼しい顔でベンチに座っていた


「お待たせしました」


「ん?待ってねぇよ」


「・・・」


「行こうか」


「あ、の、何処に?」


「昼飯まだだろう」


「・・・はい」


「美味い店があるから」


「はい」


サッと繋がれた手に引かれて
公園の外に出ると黒塗りの車が止まっていた


助手席から降りて来て後部座席のドアを開いてくれたのは
いつも一緒に居る人で


開かれたドアから乗り込んだ桐悟さんの手に引かれるまま私も座った


「胡桃、説明しておくな」


「はい」


「助手席に座っているのが側近の大石蒼佑《おおいしそうすけ》」


桐悟さんが紹介すると助手席から振り返って


「胡桃さん。よろしくお願いします」


丁寧に頭を下げられたから


「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


慌てて頭を下げた


「運転手の星野雅人《ほしのまさと》だ」


「胡桃さん。よろしくお願いします」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


座席に浅く腰掛けて頭を下げる私を
フッと笑った桐悟さんは


「車を出すから深く座れ」と声をかけてくれた


静かに走り始めた車の中で


「二人共、胡桃を頼むな」


桐悟さんはそう前席に声をかけて


「「承知」」


二人はそれに頷いた


「・・・あの」


「ん?」


「頼むって?」


何かあるのだろうか
隣に座る桐悟さんを見上げる


「何もないのが一番だが、もしもの為に
念押ししてるだけだから心配するな」


誤魔化さずに説明してくれた

もしも・・・の先を聞くのは怖いから
今は考えるのをやめようと思う


暫く走って車が止まったのは
普通の民家のようだった




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