魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。

試練

*−*−*


 馬車を乗り換えた後、外門を通り、私たちは隣町へ続く街道をひたすら走った。
 寝ていてくださいとオランに言われたものの、石畳でも揺れる馬車は、そのうちデコボコの土の道に差しかかり、よりいっそう揺れた。
 もたれかかってもいいと言ってくれたカイルに抱きついて、ずっと胸を押しつけているけれど、彼は無反応で、ガッカリする。

(どうしたらカイルを誘惑できるのかしら?)

 そんなことを考えていると、大人しい私を気づかって、カイルが聞いてきた。

「アイリ様、大丈夫ですか? 酔ってませんか?」
「大丈夫よ。お尻が痛いだけ」

 クッションの効いていない座席は、ガタガタどころか、たまに跳ねる馬車の衝撃を少しも吸収してくれなくて、眠るどころではなかった。

「俺の上に乗りますか?」
「え?」
「それがいいと思います。靴をお脱ぎになって、脚も伸ばしてください」

 カイルは言うと、私の靴を脱がし、私を横抱きにして、自分の膝に乗せた。
 座席に脚が伸ばせるし、カイルの膝のクッションで、お尻へのダメージはなくなった。
 頬がカイルの硬い胸板に触れ、体はカイルの腕に包まれている。

(なんて幸せな体勢なの!)

 顔をあげると、至近距離でカイルと目が合う。
 黒く染めた髪から覗く静かな深い湖の色。
 うれしすぎて、その綺麗な瞳に微笑みかける。
 
(キャー、かっこいい!!! いつものグレーの髪もいいけど、黒髪もキリリと引き締まっていいわ〜)

 私は心の中で悶えた。

「でも、重くない?」
「全然です。アイリ様は羽のように軽いです」
 
 カイルの返事にもう一度微笑んだ。

(こんなに近いとドキドキしているのがバレないかしら? いえ、もうバレてもいいのかしら?)

 カイルに好きだと言いたい。
 でも、私のことをなんとも思っていないのに、そんなことを言われたら、カイルが気を使うだけよね……。
 せめて、少しは脈があるようになってもらってから言いたい。
 そのためにはまず女だって意識してもらわなきゃ!

 カイルの体温に包まれて、トクトクと心音を聴いていると、だんだんまぶたが重くなってきた。
 そういえは、彼の鼓動も早いかも?
 気のせい? 獣人だから?
 
 ぼんやりと思いながら、気がつくと寝ていた。
 



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