魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。

意中の人

*−*−*


 ──魅了を治すには意中の人と結ばれること。

 それを聞いてから、私はときめく心を抑えられなかった。
 体にシャボンを塗りつけながら、ルンルンと念入りに洗う。だって、初めてカイルに見られるんだもん。綺麗な私を見せたい。
 普通、貴族は自分で体を洗わないと王宮のメイドさんに言われた。
 でも、うちは貧乏でメイドも不足していたから、乳母が亡くなった後は自分で洗っていた。まさかカイルに洗ってもらうわけにはいかないもんね。つい想像しちゃって、キャ〜!ってなる。

(カイルと結ばれる……)

 うっとりしてその言葉を反芻するけれど、考えてみたら、なにをするのかしら?
 ベッドで男女が裸で抱き合うのは知っている。
 キ、キスもするのよね?
 カイルは知っているのかしら?

 お風呂からあがると、脱衣所に用意されたいつもの夜着を身につけた。
 でも、こういうときって、脱がせやすいローブとかなんじゃ……。

(きゃあ、脱がせやすいだなんて、私ったら!)

 ひとりでジタバタ悶えながら居室に戻ると、カイルは椅子に座って、私を待っていた。
 グラスを差し出されて、ごくごくお水を飲む。
 冷たい喉越しがほてった体に心地よい。

「お待たせ。カイルもお風呂に入ってきて」

 声をかけると、静かにうなずいて、カイルは浴室に行った。

(あれ? なんか落ち込んでない?)

 いつもわかりにくいカイルの表情だけど、今はなんだかズーンとした影を背負っているような気がした。
 ベッドに腰かけ、不安になる。

 カイルと結ばれるって浮かれていたけど、もしかしてカイルは嫌なのかな?
 思い返せば、協力してくれるか聞いたときも、無理やり絞り出すように言っていたような?
 私の気持ちを知って、断れなくて困っているのかも。
 
 弾んでいた心がシュルシュルシュルとしぼんでいき、目元が熱くなってきた。

(やっぱりカイルは私を異性として見られないんだわ。どうしよう? 魅了を治すにはカイルと結ばれないといけないのに。でも、カイルの嫌なことを強要したくない)

 明日、意中の人じゃなくてもいいのか、魔女さんに聞きに行こう。きっと私に魅了されている人だったら、私を抱いてくれると思うし。
 カイル以外の人に触れられることを考え、身震いした。

(でも、魅了を治すにはそうするしかないわ……)

 早く浄化魔法を完全にして、疫病を治したいもの。

 落ち込んでいる間に、カイルがお風呂からあがってきた。
 と思ったら、駆け寄ってきた。

「アイリ様、どうなさったのですか?」

 かがんだカイルが指先で優しく滲んだ涙を拭ってくれる。
 優しいカイル。でも、私を好きではないのね。
 胸の痛みをこらえて言った。

「……さっき協力してって言ったけど、やっぱりいいわ」
「どうしてですか?」
「だって、カイルは嫌なんでしょ?」
「嫌かどうか聞かれたら、そりゃ嫌ですが、ちゃんと協力はしますよ」

(やっぱり嫌だったんだ……)

 ショックで涙が溢れてしまった。
 カイルはこんなふうに自分の気持ちを言うことはめったにない。
 それほど嫌だったのね。
 胸が苦しい。
 やっぱりカイルにそんなことをさせられないわ。

「ううん、大丈夫。他の人に抱いてもらうから」
「…………は?」


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