◇水嶺のフィラメント◇
「もう……四日目、ということね」

 朝日の弱さから、外は薄曇りと思われた。

 幽かな彩りを真っ直ぐ見詰めて、姫は小さく溜息をついた。

 彼女たちが身を「隠して」いるのは、自国の城内などではない。

 小さなパン屋の暗い屋根裏部屋だ。それも一山を挟んだ隣国リムナトの。

 そして友好な関係を築き上げてきた筈のこの国は、四日前より敵国と化していた。

 姫──アンシェルヌ=レーゲン=ナフィル。

 親しみと(いつく)しみを持って、国民より「アン王女」と称されているナフィル国第一王女である。

 透き通るような白い肌に、エメラルドの如き深緑の瞳、実直な性格を象徴するかのような長く艶のある黒髪が美しい姫君だ。

 昨今では病床の父王に代わって、周辺諸国との外交も(にな)っている。

 残念ながら母である王妃は産褥(さんじょく)熱によって他界し、近親に国を()べるに足る男子もいない。

 全てはまだ二十歳(はたち)を二年ほど越えたばかりのアンシェルヌに集約せざるを得なかった──なのに。

 ──まさか国を離れた隙に、こんなことが起こるなんて。

 姫は遠くを見通すことも出来ぬ窓から視線を外し、寝台の長手に腰を下ろした。





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