◇水嶺のフィラメント◇
「ああっ! んじゃあ、あたいが王宮へ行く! ルーポワ側の検問所で控えているリーフに伝令を飛ばして、速攻来てもらうからアンは空き家で待ってろって! これでもあたいは剣舞の舞姫なんだ……あたいなら王宮で襲われても上手く立ち回れる!!」

 目の前で着々と準備を始めるアンへ向け、メティアは困ったように後頭部を掻き回しながら、苦肉の策を搾り出した。

 だがアンは応じる気配すら見せない。

 とうとう支度を終えて「お願いね」と一言、封書をメティアの胸ポケットに突っ込んで戸口から出ていこうとした。

「待てよって! レインが心配なのは分かるけど、これじゃあレインの努力が水の泡じゃないか!!」

 飛び出そうとする身体が強い力で引き止められた。

 きつく握られた手首の先を振り返れば、初めて見せる必死な形相のメティアが居た。

「お願い……行かせて。あと十分もしたら二人が来ちゃう。そうしたら絶対反対されるもの。その前にどうか……お願い!!」

「アン……」

 そうしてメティアも、初めて見せた王女の悲愴な表情に、込み上げた言葉も胸につかえてしまった。

 だが、それも数秒ののち、

「わ、かった……それならあたいも一緒に行く。二人だったら怖いモノなしだろ? んで、こいつはココに置いてゆくよ。そのうち兵たちが来て気付くだろ……さっき話したリーフは風一番の射撃手だ。検問でパニたちと合流するから、あっちのことは心配すんな!」

「ありがとう……メティア」

 二人の希望は一致した! 

 メティアはポケットに押し込まれた封書を床に投げ、自分の荷物を右腕に抱え込んだ。

「行こう、アン! レインの元へ!!」

 お互いの手を握り締め、メティアとアンは広がる闇へ身を投じた。

 暗い黒い──深い闇へ。


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