◇水嶺のフィラメント◇

[8]謎めいた泉

 水を掻く音だけが辺りに響いている。身近な光はメティアが小屋からくすねてきた小さなオイルランプのみだ。

 二人は岸辺に着けてあった小舟に揺られていた。両手でパドルを操っているメティアのため、店主が差し入れてくれたパンを食べさせてやるのは、アンのお役目である。

「ん~! 腹いっぱいっ、あたいはもう十分だから。アン、もっと食べとけって」

「あら、メティアったら意外に小食なのね?」

 そう言いながら、アンはメティアの口にもう一切れを突っ込んだ。

 パンの所為なのか憤慨したからなのか、メティアの頬がプゥッと膨らみ、アンは思わず笑いを噴き出す。

 思い出されたのは、怒った時のフォルテの顔だ。戻った兵たちから状況を聞かされたフォルテは、一体どのような表情をするのだろう?

 目の前のメティアのように頬を膨らませるだけなら良いのだが……。

「「腹が減っては(いくさ)が出来ぬ」って言ったのはアンじゃないかっ、王宮に着いたら食ってる暇なんてなくなるんだ。今の内に腹ごしらえしときなって」

「ええ……ありがとう」

 メティアの心配に感謝の笑顔を向けつつ、アンは自分のためにパンをちぎった。


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